第二十五話 遥か彼方へ
私が意識を取り戻してから三ヶ月が経った。
まだ不便な事はあるが、今では車椅子での生活も慣れてきた。
歩行に関しては、まだまだリハビリが必要だ。
「…クッソ。」
隣では籠居刑事も頑張っている。
学校を失った私は、回復次第転校生として別の学校へ行く事になるらしい。
何分手続き等も本来は保護者と本人でやるのだが、私の身体や家庭状況から察して、知らない優しい大人達が色々と対応をしてくれている。
病院 屋上
私は籠居刑事とベンチで黄昏ていた。
数ヶ月前に此処で知り合い、よく話すようになった。
「…あぁ。これを機に酒もタバコもやめるか。」
「籠居さん、少し前に珈琲もやめるとか言ってましたよ。」
すると、籠居刑事は缶コーヒーを一気に飲み干した。
「…今から辞めた。」
本当に刑事なのかと疑うほどに大人気ないと私は思った。
「…あれからもう三ヶ月ですよ。」
「…結局誰も意識は戻らず、犯人も分からんままだな。ゲームじゃ、最悪中のバッドエンドだ。」
「皆の命をゲームと一緒にしないで下さいよ。」
「…人生はゲームみたいなもんだろ。俺達はそれに勝った、それだけ。」
そう言うと籠居刑事はゆっくり立ち上がり、近くの自動販売機へと行った。そして、新しい珈琲を買いに行った。
「…買ってんじゃん。」
私と籠居刑事はリハビリ時間の時間が同じだ。
その為、その間は特に何もする事がないのだ。
だからと言って集まっても世間話をするだけなのだが、三十代のおじさんと合う話もあるはずがない。
結果、こうして無言で空を眺めている事が多い。
「だがなんだ、お前とは初めて会った気がしないな。」
「今際の際で会ってたんじゃないですかね。」
私と籠居刑事は苦笑いを浮かべた。
「…籠居刑事。一つ聞いて欲しい話があるんですけど、聞いてくれますか?」
「時間は無限にあるからな。嫌とは言えないな。」
「今回の爆破事件の犯人、私誰か分かったかもしれません。」
私を見つめる籠居刑事の表情は、突如険しくなった。
「…【ハルカナ伝説】って知ってますよね?」
「当然、刑事で知らねぇ奴はいねぇよ。」
「…【ハルカナ伝説】の時の犯人、誰かご存知ですか?」
「確か、あの事件は未解決だったはずだ。犯人も未だ行方不明。」
「…今回の事件と似てると思いませんか?」
籠居刑事は少し表情を緩め、微笑んでいた。
「確かにな。でも、なんの証拠もないだろ。」
「非科学的な事で、それを可能にするとしたら?」
「…面白い、それだけだな。そういう類の話は好きだからな?」
私はゆっくり立ち上がり、籠居刑事の前に立つ。
「…今夜時間ありますか?」
「は?」
深夜一時 病院裏の神社
私と籠居刑事は神社の階段を必死に昇っていた。
「…ハァ…ハァ…お前さ。こんな夜中に呼び出したと思えば、トレーニングですか。自主トレというやつに俺を誘ってくれちゃったんですか。」
「…忘れてたんですよ。まだ歩くの大変だってこと。」
二十分後…。
私と籠居刑事は息切れが止まらなくなっていた。
「…で。…こんな…所に…何の…用だよ。」
私はゆっくりと立ち上がり、神社の鈴を鳴らした。
すると、神社の扉の中から目のようなものが四つ覗き込んでいた。
籠居刑事は声も出さずに怯えていた。
「ハルカ、カナタ私。美月。」
「「美月ー!!」」
二人は私に飛び掛るように抱き着いた。
「…おま、お前!な、な、な、何だよこの子達!」
「ハルカとカナタ。二人とも私の友達で、あの【ハルカナ伝説】の被害者なの。」
籠居刑事は落ち着きを取り戻し、真剣な表情でこちらを見つめていた。
「…おい、大人をからかうのも大概にしとけ。」
「…籠居刑事なら信じてくれると思ってたのに。」
籠居刑事は頭をかきながら再びこちらを見直した。
「…いつ知り合ったんだ。」
「最近です。昼間話したかった事はこの子達とも関係あるので。」
私は生死の狭間での記憶やハルカ、カナタから聞いた話を籠居刑事に話した。同時に天川逢瀬が【ハルカナ伝説】と今回の事件の犯人である事も。
「…それが本当だとしたら大手柄だぞ。」
「大金持ち?」
「「美月大金持ちー!!」」
私は無邪気にハルカとカナタと盛り上がった。
「…で?その天川逢瀬とやらはこの時代には居ないんだろ?しかもその生死の狭間とやらにいるんだろ?そんな事俺にどうして欲しいってよ。」
「…でも現実の過去にはいるの。」
私は夢を見た。美希と話す夢、そこにはハルカとカナタもいた。
美希はその時、生死の狭間の世界を彷徨い続けると言った。その世界に行く方法、ハルカとカナタが言うには、今回のように意識不明の重体になる他ないらしい。ハルカとカナタも連れて行くことは出来ないらしい。
そこで私は気づいてしまったのだ。
現実世界の過去にも天川逢瀬は居ることを。
その時の天川逢瀬を止めれば、今回の事件も犠牲者も全く出ないという結論に至った。
その事をハルカとカナタに話すと、過去への行き来は可能ということが分かった。
「…仮にそれが現実的に可能だとしてだ。アニメとかゲームの知識しかないが、過去を変える事はリスクになるんじゃないのか?」
「勿論リスクはある。でも、それを止めない事には皆目を覚ますことはないの。」
私は振り返り、ハルカとカナタを見つめた。
「…全てを終わりにしたい。私は過去に行く。」
更に三ヶ月後。
私と籠居刑事は怪我が治り、生活には支障のない程回復した。今では歩行も問題なく可能だ。
私と籠居刑事は再びあの神社へと向かった。
神社の鈴を鳴らすと、あの夜と同じようにハルカとカナタが現れた。
私は籠居刑事に別れを告げた。
「…お前一人で行って何が出来るんだ?」
籠居刑事は私の横に立ち、ハルカとカナタを見た。
「俺はこの事件を終わらせたい。それに、お前のやりたい事と少し似ている、通りがかった船ってやつだ。」
「…籠居刑事。」
「そもそも家とか困るだろ。出世払いで付けといてやる。」
私は深く頭を下げた。
「やめろやめろ。じゃ、よろしく頼むよ。」
ハルカとカナタは「うん!」と嬉しそうな表情を浮かべた。
そして、宙へと浮かび念を唱え始めた。
次第に私達の目の前には、青紫色の大きな穴が現れた。
「「準備OK?OKなら飛び込んで!」」
私と籠居刑事は頷き、二人同時に穴へと飛び込んだ。
二〇〇二年 七月七日
葉が擦り合う音…水の流れる音…小鳥の囀り…緑の香り…。
懐かしい匂いだ
最後に笑ったのはいつだっただろう。
君がいなくなったあの日から、もう七年が経過する。
正確には、私が過去に行って七年だね。
二〇二五年 七月七日…忘れもしない。
再び貴方の姿を見れた時、どんなに嬉しかった事だろう。
真実を隠したまま、私は教員として貴方と接した。
高校三年生と四十八歳の叔母さんじゃ、釣り合わないかもしれない。
それでも、貴方は言ってくれたよね。
【先生。一緒に星を見に行こう。】
満天の星空を眺めて、あれが天の川だねって。
それが、四十八歳の私が最後に笑った日。そして、涙を流した日。
私と貴方は、何年越しで再開して居るのだろう。
十四光年の距離だけれど、再会した織姫と彦星だ。
でも、この姿じゃ浦島太郎と亀か。
会いたいのに会えない、そんな日はもう無いよ。
あの頃の私と貴方は、一年に一度さえ会っていない。
寂しい。
悲しい。
虚しい。
私は、この姿で待っていても良いの?
羽衣を付けて良いのは貴方じゃない。
結局、貴方は遥か彼方へと昇ったまま帰って来ない。
少しずつ小さくなる貴方を見ているように。
私の心も締め付けられて行く。
…ねぇ、これで本当に良かったのかな?
二〇二五年 七月七日
ここは絶景の星が見れるスポット千望台。
私は高校三年生の渡辺美希に【星を見に行こう。】と誘われた。
四十八歳の叔母さんと星を見て何が楽しいのだろうと思ったが、私にとっては願っても無いことだ。
美希…あなたを失ってからこの日を迎えるまで三十年掛かったんだよ。
あなたの記憶から同級生の桜井美月は消えてしまったけど、本当にこれで良かったのかなんて私にも分からないの。
でも、終わらない七月はもう終わったんだよ。
私も私なりの高校三年生の夏を過ごせた。
思っていた夏とは少し違ったけれど、それでもかけがえの無い思い出になった。
姿や形は違うけれど、私にとってはこれが本当の最後の夏なんだよ。
「先生!此処で見よ!」
私と美希は芝生の上で横になりながら星空を眺めた。
「あ!先生!あれ、天の川!」
「本当。凄い綺麗。」
「…織姫と彦星って本当に会えていたのかな?」
「さぁ、でもどんなに離れていても想いは変わらなかったと思うなぁ。」
無言で横たわりながら星空を眺めていると眠気が襲い、気がついた頃には目を閉じていた。
「…い…せ…い。せ…せい。先生!起きて。」
私はハッと目を覚まし、腕時計を見た。
「…あれ?美希?ごめん、三十分位寝てた。」
しかし、美希はニヤニヤしながらこちらを見つめていた。
「…寝たふりの常習犯め、今日こそ逮捕してやるぅ!」
突然美希は私の側腹部を擽ってきた。
「も、もう、やめてよぉ!擽ったいって美希!」
…あれ?
…この会話…どこかで。
私は同級生時代の美希との会話を思い出した。
感情を抑えながら、ふと美希の方を見た。
すると、美希も何か思い出したかのような表情をして一点を見つめていた。ゆっくりと私の顔を見て一滴一滴涙を流した。
そして、微笑みながら呟いた。
「…見つけてくれて…ありがとう。」
私は何も言わずにそっと美希を抱き締めた。
彦星から織姫への贈り物のように、流れ星は想いとなって消えていく。
私達の想いも同じように時間を超えて届いたのだ。
「…少しだけ昔話をさせて。」
美希は優しく微笑むと静かに頷いた。
星空を眺めているとハルカとカナタが私達に手を振っているように見えた。
これは遥か彼方、私が遠くの世界で体験したお話です。
【ハルカナ】 ~完~
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