開かずの間
夜、とある一軒家にて――。
「もう、なんなのよもう! ほんと、なんなのよ!」
「あの、夜も遅いしさ……」
「夜遅いと何!? うるさいって!? 一軒家なんだから平気でしょ! もう! それくらいしかこの家に良いところがないんだから!」
「いや、一軒家でも、そんな大声は……」
「あっ! 触らないで! あああ、もうなんなのよ! この“開かずの間”って! だから中古物件なんて嫌だったのよ!」
「ほら、こっちおいで……。でも、君がこの町に住みたいって言ったんじゃないか。それに、一緒に内見して、ちゃんと納得――」
「だから! そのときはこんなドアなかったから、今、すごく気味が悪いんじゃないのよ!」
「ただ見落としただけだよ。間取り図にも載ってなかったしさ」
「そこがまた不気味なのよ! なんで載ってないの? ねえ、なんで? おかしいでしょ!」
「わからないけど……たぶん、書き忘れとかだろ。きっとただの物置部屋だよ。そう思うよな? なあ?」
「だとしても、開かないなんておかしいわ」
「湿気で建てつけが悪くなったんだよ、きっと」
「これだから中古は……ほら、こっちに来て。さあ、責任とって開けてもらいましょう」
「え? おれが?」
「あなたに決まってるでしょ! 変なものでも入ってたらどうするのよ。確かめないで暮らしていけるわけないじゃない!」
「ええ、でも……ドアノブを回しても開かないし、あっ、十円玉でこじ開けるとか? いや、あれは鍵が閉まっちゃったときにやるやつだっけ、ははは」
「知らないわよ!」
「えっと、じゃあ……ふんんん!」
「はあ、結局力任せなの?」
「ぬううううう! おっ、手伝ってくれるのか? ありがとう」
「はあ……」
「ほら、君も力いっぱい引っ張ってくれよ」
「大きなカブじゃないのよ。まったく……ぬううううぅぅぅ!」
「ははは、ママが加わってもダメなら、力じゃ無理だな」
「どういう意味よ!」
「ドライバーを使うか……うーん、ここを……うーん」
「はあ、全然ダメそうね」
「じゃあ、金槌で……開け! 開け!」
「いや、ちょっと! うるさいわよ! 叩けば開くもんじゃないでしょ! あああもおおう、なんでこんな家買ったのよ!」
「だから、君も納得してたじゃないか」
「今納得してないんだから、同じことよ!」
「どういう理屈だよ……え? 今、一瞬開いた?」
「え、やだ! もうやだ! いやあぁぁぁ!」
「今度はなんだよ……」
「一瞬開いたって、それ、中に誰かいるかもしれないじゃない! いや、いやあぁぁぁ! 気持ち悪いぃぃぃ!」
「そんなわけないだろ……。誰がこんなところに隠れて暮らすんだよ」
「こんなところって何それ……。あなたもこの家を買ったことを後悔してるんじゃない! なんで私だけがワガママ言ってるみたいにするのよ!」
「違うって、このドアの向こうに住むメリットがないだろって話だよ。ずっと空き家だったんだし、冷蔵庫の中をくすねて生活もできないだろう。はあ……」
「メリット、メリットって、頭のおかしい人にはそんなの関係ないでしょ!」
「だから、人がいるわけないって。はあ……」
「何よ! 決めつけて、それで本当に変なのがいたらどうするの! 一人のときとか危ないじゃないの!」
「だから、誰もいないって……。物音も聞こえないし、そもそもドアも開いてないだろ?」
「開いたって! 何よ、嘘つき呼ばわりする気!?」
「そうじゃなくて、見間違いだろう。なあ?」
「圧かけないでよ!」
「はあ……」
「何よ、さっきからため息ばっかりついて! これは全部あなたが引き起こした問題でしょ!」
「いや、だからさ……ああ、ほら、向こうで話そう」
「何よ、来ないでよ。まさか、その金槌で殴るつもり?」
「殴るわけないだろ……ただ持ってるだけだよ」
「もおおおおおう! すぐそうやって正論言ったような顔して、もおおおう! だいたい、この前の車のときだって――」
「あれ? 今、ドアが閉まる音がしなかった?」
「話を逸らさないでよ! トイレに行ったんでしょ!」
「いや、確かにそこのドアだったような……。君の声がうるさくて位置がよくわからな、あ、いや」
「うるさいって、何よおぉぉぉもおおおうぅぅぅ!」
「いや、だからさ……」