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短編作品

祖母の遺言

作者: クロ

 


 ある日、祖母が亡くなった。


『よく来たね』

『これ食べえ』

『大きくなったね』


 以前から認知症で、この3つ以外の語彙がなくなっていた。


 一度訪れば『よく来たね』と数分置きに言われ、

『大きくなったね』と、記憶と時間感覚が混濁しており自分に対して未だ幼少の頃のイメージが強く、

『これ食べえ』と、それ以外の話題がない為間が空くとこう言う。



 それが鬱陶しくなり、少し避けている間に症状はどんどん悪化し、徘徊癖が付き、坂から転落して死亡した。



 自分が住んでいる場所は特筆すべき施設がなく、田舎といえば田舎。


 だが祖母の住処は山奥で、

 家すらポツポツとしかなく、

 店舗は数キロ離れた先にしかない。

 学校は子供が少な過ぎて閉校。


 完全な限界集落だった。


 都会に住む老人は近代的と言えずとも、比較的現代的な生活を送っている。

 だが田舎の老人は、本当に何も無い。


 家事、TV視聴、食う、これ以外をしている姿を一度も見た事がなかった。


 昔は必然的にそうなるしかなかったかもしれないが·····幼少に身に付いた習慣は現代化への適応を完全に拒んでいた。


 村では誰一人ゲームもスマホも持っていない。

 外部と完全に隔離されているようで、実際のところそうとも言えた。


(こういう村社会で、一人でも現代的な生き方を広めようとしたら変わるんだろうか)


 ここまで刺激のない受動的な生活を送っていたら、当然認知症になってしまう。

 そして少ない語彙力は発症以前とあまり変わっていなかった。


 これ以上ない程分かり易い認知症の例だ。


 これは治そうと思えば治せた。救えた。

 色々な遊びに誘い、あと食生活が最悪過ぎたのでそれも改善して·····


 だが多くの死者に同様の事が言えるが、そうされる事を当人は望んでいない。

 ただ今まで通り生きたい。それだけだ。


 だから特に何もしなかった。

 元から死者に対し感傷は少なかったが、そんな事を考えるようになって死者に対して何一つ思う事がなくなった。


 葬式は面倒に加え気絶する程高額なので、本当にやるなよと思った。

 尊ぶのと金を払うのは別だ。



 直ぐ面会謝絶になったのもあり、祖母の見舞いにはいかなかった。


 暫くして病室で死亡した。

 その直前、最期に口にしたのが自分の名前だったらしい。


 想像より遥かに、自分の存在は祖母にとって大きかったのだと思った。


 思い出なんて殆どないが、それは個人的な目線。

 祖母は自分が赤子の頃から自分を知っている。


 然しそれ以降にしたって何か話したりやったわけではないが、

 来てくれるだけ、共にいるだけで良い。

 そういう感覚なのかもしれない。


 そして孫である自分が庭を走り回り、買物に連れて行ってもらったり·····それは微笑ましかったのかもしれない。


 だがその時の自分と今の自分は全くの別人と言っていい。

 然しイメージはある。


 始めて会った時や、何か特別だった時、

 実際は変わり果てていても、その時の強い印象が〝こういう子〟と永遠に思わせる。


 或いは相手の心理を自分の尺度に寄せる。


 祖母の精神性はお世辞にも高いと言えず、その時の幼い自分が一番噛み合ってた時期なんだろうと思う。


 良く言えば純粋だった。

 今の自分がうっかり下手な事を言えば崩壊してしまう程に。


 少なくとも自分より純粋な人に対し何か言う事に、ある程度葛藤は発生する。

 そして割と関係が拗れる。


 だがそうなる前に、祖母もその中の自分の存在も純粋なまま亡くなった。

 こういう人は今時中々いない。

 ましてや普通身近になんて。


 そういう意味で、祖母の存在は自分にとって混じり気のない、特別なものとなった。


 認知症の時、そして致命傷を負った今際まで繰り返し呼んでいた自分の名前。

 当時は鬱陶しかった言葉の繰り返し。

 それも改めて思い返せば、慈しみのようなものを感じる。



 ──頑張ろう。



 そんな事を思い返すと、何とはなしに強くそう思うのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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