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四話

 翌日、僕は遅刻して昼休みの時間に登校した。ああいう日の後は気持ちも体も重くなるからだ。


 教室に入るなり休み時間の喧騒は鳴りを潜め、ひそひそと噂話が始まる。ちらちらと向けられるのは奇異や嫌悪の眼差し。

 その原因など、分かりきっている。


 黒板を見ると、拡大された昨日の情事の写真が貼られていた。相手と僕には黒く目線が入っているが、僕の方は瞳孔を隠す程度の小さなもの。知っている人なら直ぐに僕だと分かる。

 そもそも今日が初めてのことではないのだから、言うまでもない。よくも毎回飽きずにやるものだと呆れる程度の気持ちしか抱かない。


 乱雑に写真を剥がして、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へと捨てた。貼られたままでも気にならないのだが、誰も他人の性行為の写真など見たくもないだろう。しかも相手が醜い脂肪の塊なのだから尚更だ。

 クラスメイトは写真に手を出すことは出来ない。それは僕に関わることを意味しているから。だから結局、僕が捨てるしかない。


「楽しいわね」


 自席に座ると、隣の席から、その言葉の通り実に楽しげな声が聞こえてきた。


「楽しくない。皆、あんなの見たくないでしょ」


 無視したいところだが、僕にそれは許されない。そんなことをすれば、その悪いは何倍にもなって返ってくる。


「私が楽しいからいいの。皆、ちゃんと反応してくれるし」


 悪意たる存在は自分のことしか考えない。ただ、周りが反応しているというのも事実ではある。どうせ今度は『デブ専の白鳥』とか、そんな渾名あだなが陰で作られるのだろう。

 僕に直接関わらない限り、瑞穂が他者に干渉することはない。寧ろ、それを楽しみの一つにしているだろう。そういう女だ。


「ねぇ、今度はどんな人がいい? 別に《《人じゃなくてもいい》》けど」

「好きにすれば」


 わざわざ聞いてくるが、答えを返したところで何が変わるわけでもない。多少マシ、程度はあるかもしれないが、答えればその対象を除外してくるだろう。だから、適当に返すのが一番。反応さえすれば、それが適当であっても、反抗的であっても、瑞穂は満足する。無視しなければいいだけ。


「ふぅん。じゃあ、獣姦にする? 挿す側と挿される側と、どっちがいい?」

「どっちでもいい。でも、それってお金貰えるの? 収入にならないなら嫌なんだけど」


 そう、例え否定的な態度を取っても構わない。こういう態度を取ると、また「楽しいから」とか言いそうなものだが、何故かお金に関することだけは律儀にしてくれるから、ちゃんと返しておく。


「それなら大丈夫。隣の部屋で私と鑑賞してるから。ちゃんとクライアントはお金を支払ってくれる。そういうが好きな変態って、それなりにいるの。ちょっと理解できないけど。でも、もちろん顔が整ってないと需要はない。可愛い顔立ちで産んでくれたご両親に感謝しなさいよ?」


 そう言って頭を撫でてこようとする手を払い除けた。そんな態度をとっても楽しそうにしている。


 何が理解できないだ。お前だって楽しんでる変態側だろうが。

 何が感謝しろだ。僕の家庭を崩壊させた張本人が言うことか。


 たまに、これは夢ではないかと思う時がある。目の前の光景を、テレビ越しに見ている感覚。自分だけど自分ではない感覚。

 でも、分かっている。これは糞みたいな現実であると。

 ついでに言うなら、それは離人症と言われる症状で。それ以外のものを鑑みれば、僕は間違いなく精神的な病を患っている。まぁ、だからなんだという話ではあるのだが。


 言えば病院なり何なり、普通に連れていってくれるだろう。それに、恐らく費用も負担してくれる。「病んじゃうのも当然だよね、こんなことされてるもんね」なんて言葉を、表面的ではなく心からそう思って。

 ただし、それは心配ではなく悦びからくるもの。自分が病ませた、ということに愉悦を抱けるが故のもの。


 ──狂ってる。


 環境から形成されたのではなく、生まれながら破綻している狂人。そういう性質を持って誕生した、人の皮を被った悪意。


 僕は、瑞穂を睨み付ける。憤怒と憎悪と嫌悪をもって。


「あ、お弁当食べる?」


 悪意は、人懐っこい笑みを浮かべて小首を傾げるだけだった。

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