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三話

「遅かったじゃない、ほんと愚図ぐずね」


 放課後、適当に街を歩いて約束の時間である十九時になるといつものホテルに向かう。気乗りせずにいつもの部屋に入ると、中にいた少女の開口一番はそれだった。

 別に遅れてなどいない。適当な理由を付けて、僕をなじりたいだけだ。


「すみません」


 反感を隠すことなく、形だけの謝罪の言葉を返す。彼女はそれを意に介することなく、意地の悪い笑みを浮かべている。


「ま、いいわ。今日に始まったことじゃないし。ええっと、今日は……。あら、良かったじゃない」


 やたらと広い部屋のソファーに座った彼女は、スマートフォンを操作し、口角を吊り上げて目を細める。

 きっと、その言葉の通り僕にとっての吉報なのだろう。それが分かっても、ただマシな方、というだけで陰鬱な気持ちに変わりは無い。


「愛想良くしなさいよ? せっかく紹介してあげてるんだから、ね?」


 彼女は、恩着せがましい言葉と共に可愛らしく小首を傾げた。



 ──売られてから一年程して告げられた言葉を思い出す。


 曰く、母親に渡されたお金の内、僕の《《買取金》》は半分であると。残りの半分は貸付金であり、それを払うのは僕であると。その額は、数百万円。それを知らずに一年間を過ごした故に、既に利息だけで膨大なものになっていた。

 呆然とする僕の目の前で、彼女はたのしげに一枚の紙を突き付けた。そこには言われた通りのことが書いてあった。長ったらしくて何が書いてあるか分からない書類。けれど、その下には確かに母のサインと印鑑が押されていた。

 何かの間違いだと思いたくて頬をつねったが、鋭い痛みによってこれが残酷な現実であると知らしめられただけだった。

 その僕の姿を見て、彼女はこれ以上はないほどの満面の笑みを浮かべていた。


 そんな彼女は今日も上機嫌で部屋を去っていく。残された僕は、ベッドに座って項垂れる。

 部屋のチャイムが鳴らされなければいいと、そんな叶いもしない願いを持ちながら。


 十分もしない内に、残酷にもチャイムが鳴った。僕は急いで部屋の入口へ向かい、扉を開ける。


「この度はご指名いただきありがとうございます! 柊也です!」


 元気よく挨拶をする。にっこりと人懐っこさを感じるような笑顔も忘れない。


「ふぅん、可愛い顔してるじゃない。本当に高校生なの?」

「はい! 高校一年生です!」

「じゃあ入りたてってことね、いいわぁ」


 部屋を訪れたのは、何を食べたら、どんな生活をしたらこんなになるのだろうと疑問に思うほど太った女だった。髪もボサボサで手入れをしている様子などない。

 僕の顔から足先までを舐めるように見て、下卑た笑みを浮かべる。


 それからは、いつも通りだ。

 一緒にシャワーを浴びて、体を洗う。その間にも女は容赦なく僕の体を撫で回し、嫌悪感に塗れながら、身を捩って恥ずかしさを演出する。

 少しでも清潔にしようと一生懸命に洗うが、女は興奮しきっているのは早々にシャワーを終えた。


 ──糞みたいな時間が始まる。


 口付けをして粘つく口内に舌を挿し入れ、身体を愛撫し、あれだけ洗ったのにも関わらず異臭を放つ恥部を出来るだけ口で呼吸して吐き気を我慢しながら舐める。


 何が、良かったわね、だ。


 女は自ら動こうとしない。全てこちらに任せるつもりらしい。それもまた、腹が立った。

 ゴムを付け、肉を掻き分けて挿入して、動く。女が嬌声を上げる。快楽など微塵も感じていないが、僕もまた気持ち良さを感じているかのように作った声を上げる。

 慣れたものだ。とても演技だとは思わないだろう。どうせこいつは男慣れなんてしていないだろうから。


 正常位で無心で腰を振って、何回か達させた所で、頃合を見計らって僕も果てたような演技をして、ぶよぶよで汗だくな女の体へと身を倒す。まるで快楽に負けたかのように、息を荒らげる。


「ふぅふぅ……良かったわ。柊也は、感じやすいのね。本当は延長してあげたいところだけど、今月は厳しいから今日はこれでお終い。今度は、ロングでお願いするからね?」


 勝手に名前を呼ぶな。

 何が感じやすいだ、全部演技だよ。

 こんな女とロングなんてやってられるか。


「気に入って貰えたなら……嬉しいです。今度はロングでお待ちしてますね!」


 そんな言葉を全て飲み込んで、僕ははにかんだ笑みを向ける。女の鼻息が荒くなった。

 瑞穂曰く、僕は可愛い系統の顔立ちをしているらしい。だから媚びるような仕草をするように命じられていた。


 もう一度シャワーを浴びて、女を送り出す。

 確かにキスを迫られることもなく作業的に動いただけなのだから、今日は大分マシだったのかもしれない。


「ふふっ……好きでもない醜い女に腰を振って、とんでもない変態ね。はい、今日の給与。仲介手数料と利息は抜いてあるわ」


 そう言って、渡されたのは千円札が二枚。今回なら二万程度が相場だろう。仲介手数料として三千円抜かれて、利息分が一万五千円。

 まだ、利息分すら充填出来ていない。元本を減らすなど、とてもではないが出来ない。


 ちなみに、このホテルは雪下グループが経営している。ベッドの周りは鏡張りだが、それはマジックミラーになっていて、隣の部屋で彼女は悠々と僕の情事を観察している。


 何が楽しいのだろうか。

 なんで、僕はこんなことをさせられているのだろうか。


 ただ、僕は鎖に縛られ、檻に囚われている。

 きっと、そこから抜け出すことは叶わない。


 僕は、この糞みたいな毎日を生きている。


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