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告白


 アルフレッドが屋敷を訪ねてくる。

 エマーリィは朝から念入りに侍女に身支度をさせて、来訪を心待ちにしていた。


 笑顔でアルフレッドを出迎え、応接室のソファへと促した。自然な動作でその隣に陣取る。距離の近さにアルフレッドが一瞬驚いた顔を見せるが、エマーリィはにこりと微笑み、何食わぬ顔で居座った。

 侍女が紅茶を用意し、ローテーブルに並べる。


「昨日の診察の結果はどうだった?」

「いたって健康だそうよ。今日は私の顔を見に来てくれたの?」

 診察結果を聞いて安心したアルフレッドは、それもある、と前置きして口を開いた。


「単刀直入に聞くけど、過去に巻き戻ったっていう話は嘘だろう?」

「……」

 笑顔のまま黙っていると、アルフレッドが険しい顔でエマーリィを睨んでいた。

「……ひどいわ。アルは私が嘘つきだっていうの?」

「何か誤魔化そうとするときの癖が出てる」

「あら、嬉しいわ。そんな癖まで覚えていてくれたの?」

 くるくると指で髪の毛を弄びながら、エマーリィは泣き落としのほうが効果的だったかしら、などと思った。アルフレッドの前では無理に取り繕うこともない。治したはずの癖も自然と出てしまっていた。


「いつまでも騙し通せるとは思っていなかったわ」

 婚約者の指摘を受けて、エマーリィはあっさりと白状した。

「貴方が察している通り、過去に巻き戻ったというのは私の作り話よ」


 王都の劇場では新しい物語が公演されていて、今度は悪役の令嬢を主題にしたものが流行っていた。悪役令嬢が時を遡り、自らの過ちを正すという内容だった。随分と斬新な発想を持つらしいその作家は、人々が思いもよらない変わった物語を生み出すことに成功し、人気を博していた。エマーリィはその物語をそのままなぞらえたのだと説明した。


「それからわざと奇行を繰り返して、父上や使用人たちにも心の病に罹っていると印象づけたの」

「どうしてそんなことを……」

「もういい加減解放されたかったの。婚約者候補同士の探り合いだとか牽制だとかうんざり。煩わしい王族との婚約話もなくなって、せいせいしたわ」

 エマーリィは侍女が用意した紅茶を一口飲んでから、悪びれずに答えた。 


 迫真の演技に、家族も家人も完全に騙されていた。さすがにシエラまでは騙せなかったが、そこはなんとか説き伏せた。シエラは素知らぬ顔で壁際に控えている。

 エマーリィは平静を装いながら、アルフレッドの反応をそっと横目で窺う。

 直接エマーリィの口から真相を聞いたアルフレッドは呆れ半分、諦め半分といった表情を浮かべていた。エマーリィはソーサーを静かにテーブルに戻した。

「私と結婚するのは嫌? 貴方の家にとって、悪い話ではないと思うわ。それとも……好きな人でもいたのかしら」

 エマーリィは自分の言葉にぎゅっと胸を締め付けられた。俯き加減に膝の上で組んだ両手を強く握りしめる。


(今さら断られたら。もしも好きな人がほかにいたら……どうしよう)

 学園で助けられてからずっと、それとわからぬよう観察していたが、アルフレッドに好きな相手がいる様子はなかった。アルフレッドに言い寄る女もいなかった。いたら即排除していたところだ。見る目のない人間ばかりで、エマーリィは心底安心したものだった。

 ただ、それでも不安は尽きない。今回のことで見限られる可能性もある。


「……いいや」

 緩やかに否定するアルフレッドの声にホッとする。

「エマーリィ以外に好きな人は誰もいない。だから嬉しいよ」

「……本当に?」

「ああ」

「でも、私との婚約をためらっていたわよね」

「いきなりあんな形で切り出されたら、誰だって戸惑うと思う」

「……それもそうね」

 嫌われていなかった。ゆっくりと反芻して、噛みしめる。


 エマーリィはそっとアルフレッドの肩に寄りかかる。学園でもスキンシップはしていたが、本当はとても恥ずかしい。恥ずかしくはあったが、それ以上に近くに居て、触れたかった。

「エマは」

 久しく呼ばれていなかった自分の愛称にエマーリィは目線を上げた。二人が婚約してから、エマーリィがアルフレッドに何度も愛称で呼んでほしいと願っても、一度も首を縦に振ることはなかった。

 アルフレッドにそう呼ばれるのは幼い時に一緒に遊んで以来だ。自然と頬が緩む。


「なに?」

「どうして僕を選んだんだ?」

「え?」

 エマーリィからアルフレッドへの気持ちを明確に言葉で伝えてはいない。

 エマーリィの学園での態度について、アルフレッドは単に王子への関心がなくなったことを周囲に印象付けるためのデモンストレーションだと考えていた。


「王族に嫁ぐのが嫌でも、ほかに選択肢はいくらでもあっただろう?」

 アルフレッドにしてみれば、あえて下級貴族の嫡子を選んだ理由がわからない。エマーリィの家柄であれば、王族に準ずるような高貴な家柄と縁を繋ぐことは容易なはずであった。エマーリィは選べる立場にあるのだ。


「それは、その」

 気持ちは筒抜けだろうと思っていた。婚約が成立してからというもの、学園でわかりやすくアピールしていたのだから。

 すっかり好意が伝わっているものだと思っていたエマーリィは当てが外れて戸惑った。いざ言葉にしようとすると気恥ずかしくて目を合わせられない。


(どうしてアルはあんなにさらっと言えるのかしら)

 エマーリィ以外にいない、と言った。

(昨日帰るときのことだって。大勢の前でよくあんなことができるものだわ)

 手にキスをされたときは沸騰しそうなほど、顔が熱くなった。慌てて扇で顔を隠したが、ほかの生徒には見られたかもしれない。

 エマーリィは俯いたまま自分の指先をなぞった。


 エマーリィの態度に焦れて、アルフレッドは細い両肩を掴んで自分の方に振り向かせた。

「教えてくれ」

 耳朶に吐息が触れて、エマーリィは思わず身震いした。アルフレッドを選んだ意味を、彼は正しく理解しているのではないだろうかとエマーリィは勘繰りたくなった。

「言う。言うから、耳元で話すのはやめて」

 赤くなったエマーリィを見て、そこで初めて気付いたようにアルフレッドがハッとして手を離した。


「だから……私も」

「……」

「私も……アルフレッドのことが好きだから」

 普段は落ち着いた灰褐色の瞳が動揺に揺れる。

 エマーリィはまっすぐにアルフレッドを見つめた。

「本当に?」

「ええ」

 互いに見つめ合ったまま、押し黙る。部屋に沈黙が流れた。ホッと小さくアルフレッドが安堵の息を漏らす。穏やかに笑い掛けられて、エマーリィはドキドキと鼓動が早くなった。


 愛おしげに髪に触れられ、頬に手を添えられる。

「エマ」

 視線を逸らせない。ゆっくりとアルフレッドの顔が近づいて、エマーリィはその意図を悟った。

「アル、待って」

 エマーリィの知るアルフレッドは、こんなに性急な性格だっただろうか。慌てて胸を押して制するが、力が入らなかった。焦りと嬉しさと恥ずかしさが同時に去来して、エマーリィは大いに困惑した。

(シエラがいるのに)

 チラリと壁際に視線を送る。有能な侍女はいつのまにか音もなく姿を消していた。

 頬から顎に手が掛けられる。促されて、顔を上向けて目を閉じた。



本編完結です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

評価とブックマークもありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流行りの物語を利用したエマーリィ、中々のやり手で驚きです。 非常に面白かったです。
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