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学園で


 それから容体が順調に回復して、学園に復学したエマーリィはアルフレッドのそばに常に寄り添うようになった。エマーリィは休学前まで親しくしていた友人や取り巻きたちとの交流もそこそこに、授業も食事も、移動中でさえアルフレッドと共に行動するようになった。このエマーリィの変化にはアルフレッドだけでなく、周囲も大いに驚き困惑した。


 以前見せていた、身分を笠に着た傲慢で不遜な振る舞いはすっかり影をひそめ、険が取れて柔らかくなったエマーリィはその美貌をさらに際立たせた。そのうえ家格差の著しい婚約は否が応でも生徒たちの注目を浴びた。


 アルフレッドは周囲から向けられる羨望と嫉妬の眼差しに微かな優越を感じることもあったが、それ以上に浴びせられるあけすけな嫌味や悪口に疲弊することのほうが多かった。

 エマーリィはエマーリィで、傍にいてなにかとアルフレッドに話しかけてくる。

 エマーリィの好む話は貴族令嬢らしく服飾や化粧品、菓子等の流行から、政治や経済、外交、交易など多岐に渡り、凡庸なアルフレッドはそれに付いていくのに必死だった。

 エマーリィからのプライベートな質問には辟易とした。私的な事情に踏み込まれるのを好まないアルフレッドがそのことを告げると、婚約者なのだから当然だとエマーリィは食い下がった。さらには、

「アルは私のことは何も聞いてくれないのね。私に興味がないのだわ」

などと、嘆かれる始末であった。



「今日は屋敷でお医者様に診てもらわないといけないの」

 事故後、エマーリィは傷の経過を観察するために定期的に医師に診てもらうことになっていた。

 アルフレッドは馬車の止まる学園の門前まで見送るためエマーリィに付き添う。いや、エマーリィに腕をしっかりと掴まれていたので、連行されたと言ったほうが正しい。


 巻き戻り、という妄想話以外は事故による後遺症は見られなかった。もっともその話もアルフレッドとの婚約後には一切しなくなったので、今のエマーリィはアルフレッドに対する態度以外はいたって正常に見える。

「じゃあ、アル。また学園で」

 さらさらとエマーリィの銀髪が風に流れる。立ち姿が儚げで頼りなく、不安を駆られた。

 ふいに婚約者の身が心配になる。同じような怪我をして、元気であったのに急に容体が悪化した例を聞いたことがあった。

「ああ。気をつけて」

 ほどかれた腕を取り、アルフレッドは無事を祈って白い指先に口付けた。エマーリィの手がピクリとして強張った。

「…………ええ」

 アルフレッドが顔を上げると同時に、エマーリィは身を翻してステップを踏む。馬車に乗り込んで座った横顔は扇に隠れて表情が見えなかった。

 近くにいた名も知らぬ男子生徒のチッと舌打ちする音が聞こえる。ここ数日の他生徒からの嫉妬は今に始まったことではない。アルフレッドは構わず、馬車が出立するのを見届けてから校内に踵を返した。



 エマーリィの早退を見送ったあと、アルフレッドは一週間ぶりに学園内の所属する研究室へと足を運んだ。

「や…………っと、解放された……」

 エマーリィのことは心配ではあったものの、それはそれとしてアルフレッドはこれまでにない解放感を味わっていた。

「おう、アルか。久しぶりではないか。一躍有名人だな」

 長い黒髪を無造作に頭の上で結んだ男が部屋の一角に腰を下ろしていた。意地の悪い笑みを浮かべながらアルフレッドを迎える。

「ヨキ」

 訳知り顔でヨキは部屋に入ってきたアルフレッドに椅子を勧める。アルフレッドは礼を言って腰を下ろしテーブルの上に突っ伏した。

「もう、何が何だかわからないんだ」

 これまで衆目を集めた経験などなかったアルフレッドは心身ともに憔悴しきっていた。

「どうしてエマーリィの態度があそこまで変わったのか」

「頭を打ったからだろう。それも強めに」

「いや……それにしたって……」

 納得がいかないと眉を寄せる。アルフレッドは悩んだ末、悪友であるヨキにこれまでの経緯を説明した。エマーリィを見舞った際に聞いた話やドルシェンナ家の様子。一人で抱え込むには重すぎるが、かといって家族や家人など身近な者にはかえって言い出し難い。

 ヨキならば他言無用だと念押ししておけば大丈夫だろうという安心感があった。


「なるほどなぁ」

 ヨキはアルフレッドの話を聞いて、顎に手を添えて思案顔で首をひねった。 

「かの令嬢の巻き戻ったという話は、どう考えても現実的ではないな」

 ヨキは椅子の背もたれに寄りかかり、足を組む。

 魔術がすっかり廃れた大陸で、時間を跳躍するなどという神がかり的な奇跡は国の歴史書の中にも見当たらない。


「それに今現在、クラウス王子が夢中になるような令嬢はいない。芝居の影響を受けてか、身の程を弁えない者が王子の周囲をうろついて、中には差し出がましい真似をする輩はいる。しかしそれに対して王子自身が厳格に注意しているし、目に余る場合は退学処分を受けている。あの合理的を絵に描いたような王子が恋に溺れたからといって舞踏会という公の場でそのような悪手を打つものか……」


 王子が本気で誰かを排除しようとするならもっとやりようがあるしな、などと不穏なことを付け加えてからヨキは続けた。

「万が一、断罪事件が起こるとして、だ。彼女がお前と婚約した以上、婚約者候補であったときとは比べて王子との関係は希薄になっただろう。昨今の学園での振る舞いのように、お前に接触する理由もないな」

 ヨキはにやりと口の端を歪めて目を細めた。

「彼女は、お前と婚約して毎日鬱陶しいくらいベタベタすることが断罪回避になると言っていたか?」

「いや……」

「ここまで言ってわからんか……」

「…………」

「してやられたなぁ、友よ」

 組んだ膝の上に頬杖をついて、ヨキは笑みを深めた。ヨキはエマーリィの行動の意味を理解していた。

 アルフレッドはしばらくの間、腕を組んでヨキの言葉を反芻していたが、やがて諦めて首を振った。いくつか理由を考えたが、どうにも予測の域を出ない。



「……奥の部屋で課題をしてくる」

 席を立って、割り当てられた机から道具を取り出す。

「ヨキ。話を聞いてくれてありがとう」

 奥への扉の前でアルフレッドは一度振り返った。

 ヨキはひらひらと手を振った。

 アルフレッドは何事にも公平で公正であろうと努め、勤勉ではあったが、研究室内で目立つポジションではなかった。ただ研究以外のことは掃除も整頓も書類仕事もだらしない研究生たちに代わって雑事を一手に引き受けている。ヨキたちのいる研究室では最早なくてはならない存在だった。

 異国からやってきて、学園内で異質で浮いた存在であったヨキにも平然と接してきたのがアルフレッドだった。今ヨキが学園に馴染めているのは、アルフレッドの存在が大きい。


「お前は良い男だよ」

 聞こえるか聞こえないかの声を発して、ヨキは友人の背中を見送った。


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