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見舞い

アルフレッド視点です


 フェストリア王国では徐々に秋から冬に季節が移ろうとしていた。

 庭に植わった木がはらはらと落葉するのをアルフレッドはぼんやりと窓越しに眺める。それからもう一度話を聞き直そうと、アルフレッドは視線を寝台の上に戻した。


 広々とした部屋には質の良い調度品が並ぶ。大きな窓際近くに配された寝台の脇にある椅子にアルフレッドは座っていた。寝台の上には、腰まである白銀の髪に、すっきりした目鼻立ちが印象的な美しい少女が上半身を起こした状態でいる。少女はアルフレッドを見つめながら薄紅色の唇を開いた。


「だから、私には未来の記憶があるの。いえ、過去に巻き戻ったと言うべきかしら」

 澄んだ翠色の瞳が、広い窓から差し込む陽の光を受けて煌めいていた。少女の名はエマーリィ・ドルシェンナという。


 エマーリィは通っていた王立学園にて事故に遭い、つい最近まで床に臥していて意識もない状態だった。数日前に無事に意識を取り戻したものの、医師より安静を言い渡されしばらくの間、外部との面会を許可されなかった。それがつい先日面会が可能になったと聞き、アルフレッドは久しぶりに幼馴染の屋敷を訪れた次第であった。アルフレッドがエマーリィの屋敷を訪れるのは実に数年ぶりのことである。


「アルフレッド。聞いている?」

 エマーリィがムッと唇を引き結んで反応の薄いアルフレッドに詰め寄る。

「あ、ああ」

 間近に迫る美貌に狼狽えて、アルフレッドはすぐさま視線を逸らした。視線の先、部屋の隅にはエマーリィへの見舞いの品が山積みにされていた。その数の多さや品々からエマーリィの家格の高さが窺い知れる。



 高位貴族の娘であるエマーリィと、位の低い貴族の嫡子であるアルフレッドとは何の因果か王都では家が隣同士であった。アルフレッドは自分の屋敷とは比べ物にならないほどの、広大で裕福なドルシェンナの屋敷の佇まいに感嘆したものであった。

 家格の差はあったものの、両家の父親同士はたまたま仲が良かったこともあり、幼い頃に一緒に遊んでいた時期がある。年頃になり、疎遠になってから四年以上はまともに口を利いたことがなく、直近でも学園で数か月前に二言、三言交わしたことが一度あったくらいであった。


 そんな希薄な交流関係であったので、アルフレッドはドルシェンナ家の使用人に見舞いの品を渡してすぐに引き上げるつもりでいた。しかし、昔エマーリィと遊んでいた関係で顔馴染みであった、エマーリィ付きの侍女に強く引き留められた。その侍女、シエラにエマーリィの寝室に案内され、今に至る。

 落ち着かない気分のままエマーリィと顔を合わせたが、思ったよりは元気そうな様子にアルフレッドは安心した。しばらく面会謝絶であったため、エマーリィの容体が思わしくないのではないかと心配していたのである。侍女の強引さに戸惑ったものの直に顔を見ることができて良かったと安心していた矢先の、先ほどの言動である。


「このままでは私はいずれ、クラウス王子から断罪されることになるのよ」


 曰く、学園で開かれる舞踏会で王子ご執心の娘に嫌がらせを繰り返したという、身に覚えのない罪を被せられ王子から国外追放を言い渡される、ということらしい。アルフレッドはなんとも非現実的な空想話をただ呆気にとられて聞いていた。胡乱な眼差しを向けてもエマーリィは構わずに身振り手振りを交えながら話を続けた。話の流れに矛盾や破綻を感じて口を差しはさむ素振りを見せると睨まれて、結局口を噤むことになった。

 仕方なく耳を傾ける中で、アルフレッドはふと覚えのある筋書きだと思った。


 最近王都で流行りの王立劇場の演目を思い出す。新進気鋭の作家が書き下ろしたというその演目は公開されるとたちまち貴族の女性を中心に評判になった。

 貧乏貴族の娘と一国の王子が運命的な出会いを果たし、二人は恋に落ちる。しかし二人の行く先には様々な障害が立ちはだかる。その障害を乗り越えるたび二人の仲は深まり、最後には娘を散々虐めて陥れようとした悪役の令嬢が悪事をばらされ、家からも見放され、修道院送りとなる。そして娘と王子は晴れて結ばれるところで幕を閉じる。


 エマーリィの語る内容は細かい点は違えど、大まかなところは同じであった。

 愚かで哀れな悪役の令嬢の末路、つまりエマーリィ自身の最期を語り終え、部屋に束の間の静寂が訪れた。翠色の瞳はじっとアルフレッドの反応を待っている。


「…………そうなんだ」

 エマーリィの無言の圧力に耐えかねて、アルフレッドはようやくその一言を絞り出した。部屋の出入口に控えるシエラにさりげなく視線を送ると、シエラは表情を曇らせた。ほかの使用人の顔色も思わしくない。一方、エマーリィの瞳は異様な輝きを放っていた。


「そう。でもそんな未来にならないために、私は戻ってきたの」

「……」

 なんとなく状況を理解して、アルフレッドはひとつ咳払いをした。頭を強く打ったせいで、エマーリィはおかしな妄想に囚われているのだと解釈した。とりあえず下手に彼女を刺激しないようにアルフレッドはエマーリィに話を合わせることにした。


「それで、エマーリィはどうやってその未来を回避するつもりなんだ?」

 よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに、エマーリィは胸を張って頷く。

「私が断罪されないためにも、王子殿下との婚約を回避する必要があるわ」


 国王の意向により、クラウス王子は高位貴族の娘から何人か婚約者候補を募っていた。そのなかでもドルシェンナ家は王国創建の頃から王家に仕える由緒ある家柄であり、有力な婚約者候補の一人だった。はたしてそう易々と候補から外れることができるだろうかとアルフレッドは内心首を捻った。



「へぇ……」

「だから、アルフレッド。私と婚約してほしいの」

「……は?」

 寝台から身を乗り出して、エマーリィがアルフレッドとの距離を詰める。

 エマーリィが近づいた分だけ、アルフレッドは後ろに身を引いて椅子ごと距離を取った。



「多少強引でも、先にほかの誰かと婚約してしまえば王家もきっと強くは言ってこないわ。今、婚約者選びは他家との調整で難航しているから」

 婚約者候補から妃を何人か娶るにしても、その順番が重要になってくる。王太子ともなると、婚約者の選出は毎回紛糾することが恒例の行事のようになっていた。


「お願い。こんな事をほかの人に言えば、頭がおかしくなったと思われるわ。私にはもう、あなたしか頼れる人がいないのよ」

「……いや、急にそんなことを言われても」

 戸惑いながら、アルフレッドはエマーリィの今後の身の上が心配になった。

 使用人たちの様子から察するに、すでに屋敷中にエマーリィの奇行や言動は知られているのだろう。屋敷外に漏れるのも時間の問題だった。そうなれば、どのような扱いを受けるか。

「……」

「ね、アル。一生のお願い」

 エマーリィは瞳を潤ませ、両手を胸の前で組んで上目遣いでアルフレッドを見つめる。アルフレッドは昔からエマーリィのこの『お願い』に弱かったことを思い出した。



「……わかった。父上と、ドルシェンナ公に掛け合ってみる」

 エマーリィの勢いに圧され、アルフレッドは頷いた。ドルシェンナ公とは、エマーリィの父親である。

 アルフレッドの言葉を聞き、エマーリィはホッと胸を撫で下ろしたような表情をした。それから輝かんばかりの笑顔で礼を述べる彼女にアルフレッドは曖昧に返事をした。

 口では了承したものの、両家の婚約など認められはしないとアルフレッドは高をくくっていた。

アルフレッドが交渉で時間を稼ぐ間に、屋敷の者たちがエマーリィを説得するなり全力で治療を進めるなりしてくれればいい、という算段だった。


 今は事故の後遺症が見られるとはいえ、ぜひ正妃にと周囲の期待を一身に背負った高貴な少女。その地位は多少のことでは揺らぎはしない。一方、取り立てて優れたところのない地味な男。そもそも家格が違い過ぎて、到底釣り合いが取れない。エマーリィとの婚約は、アルフレッドにとっては負担でしかなかった。



 しかしアルフレッドの思いとは裏腹に、エマーリィとの婚約はあれよあれよという間に話が進み、両家は顔合わせを済ませ、やがて国王から正式に許可が下りた。

 もともとほかの縁談に乗り気でなかった息子からの突然の申し出に、グニエ家の当主である父親は大いに喜んだ。

 当のアルフレッドの心情だけが置いてけぼりのまま、日が過ぎていった。


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