第1話 添い寝で始まる我が異世界
長いこと、眠っていた気がする。
何か、忘れてはいけない夢を見ていたような……。
目が覚めると、俺の顔を至近距離でまじまじと見つめてくる美少女がそこに居た。
「あ、起きた。おはよう」
「……おはようございます?」
寝ぼけているのだろうか?
中途半端に開いた瞼を擦ってみる。
そこには変わらず青いローブに身を包んだ少女が座っており、目線を変えずにじっとこちらを見ている。
「身体の調子はどう? うちの僧侶が回復魔法を施したから、それほど傷は残っていないはずだけど」
やはり寝ぼけているのだろうか。
僧侶とか回復魔法とか、ファンタジー小説にしか出て来ない単語を平然と口にする少女。
俺はとりあえず、少し強めに自分の頬を叩いてみた。
「え……何やってるの?」
俺の奇怪な行動に驚いたのか、若干引き気味な少女は目を丸くして困惑している。
「痛い……」
「……何がしたいの?」
俺が呟くと、呆れ顔で少女はそう言った。
痛覚はあるし、どうやら夢ではないみたいだ。
「とりあえず、もう一度聞くけど……身体の調子はどう? 何かおかしなところはない?」
「あ、はい……特には」
「なら良かった」
俺の言葉を聞いて、少女はほっと胸を撫で下ろし、腰掛けていた椅子の背もたれに体重を預ける。
「ほんと、驚いたよ。まさかダンジョンの奥底で人間を拾うとは思わなかったから」
「だ、ダンジョン?」
聞き返す俺に、冗談めかして話す少女。
「運が良かったね。あと少し遅ければ、今ごろ君は冷たい地面に転がる骸になっていただろうから。君を齧っていたモンスターを追い払うの、結構大変だったんだよ?」
「か、齧って……?」
「理由はよく分からないけど、モンスターは執拗に君を狙ってきたんだ。私たちには目もくれず、あいつらはひたすら君に牙を向けていた。お陰で動きも単調で倒しやすかったんだけどね」
少女はその長い髪を指先でいじりながら、軽い調子で思わず身震いするような体験談を語る。
……俺はこの子に助けられたんだ。
「……ありがとう、お陰で助かった」
「礼なら傷を治した僧侶と君をおぶった戦士に言って。私は何にもしてないから」
「……でも、介抱してくれてるし、礼は言うべきだ」
「部屋を貸せるのが私だけなの。戦士と剣士は一緒に一部屋を使ってるから寝る場所が無いし、僧侶は恥ずかしがって無理だって言うからさ。仕方なくだよ」
少女はため息混じりで椅子から立ち上がって、徐にローブを脱ぎ始めた。
袖が裏返ったままのローブを机に放って、その上に取り外した指輪やネックレスなどの装飾品を雑に置く。
机の横に置かれている大きなカゴのようなものの前に立ち、少女は裾に手を置いて、その手を天高く……。
俺は思わず顔を背けた。
その勢いで脳が揺れて、また意識を失うんじゃないかと思うほどのスピードで。
え……あの子何してんの?
俺、まだここに居るけど……
艶かしい衣擦れの音が、頭の中に響く。
え、本当に何をしているんだ?
あれか、痴女か? 痴女なのか?
普通、男が居る前で服を脱ぐ女が居るのか?
性の多様性ってやつか?
……一概に否定はできない。
「ねぇ、もう少し寄ってくれる? これシングルベッドだから狭いんだ」
妙に肌色の多い寝巻き姿でベッドに入ってくる痴女。
俺は無言で壁に張り付いた。
「ありがと。あ、枕一つしかないのか……」
「どうぞ使ってください俺は大丈夫なので!」
「そう? なら遠慮なく」
早口で捲し立てる俺に若干困惑しつつも、痴女はそのまま枕に頭を乗せて目を瞑る。
経験の浅い男子高校生にとって、このシチュエーションは中々に厳しいものがある。
「とりあえず、今日はもう寝よう。私も久々のダンジョンで疲れたから、眠気が限界なんだ」
「え……あ、はい」
「明日からのことは、みんなで明日考えよう……」
少しずつか細くなっていく声色。
やがて、少女は眠りについた。
おかしい。この子はどこかおかしい。
初対面の男の隣で熟睡できるとか、危機管理能力が欠如しているのか? 貞操観念が緩すぎるだろう。
それともこの世界はこれが普通なのか?
いや、さっき僧侶が断ったとか言っていたし、きっとおかしいのは世界ではなくこの子なのだろう。
認めざるを得ない、ここは異世界だ。
……もう寝よう。これ以上考えたところで何にもならない。早く夜を明かして、この煩悶から逃れるのだ。
激しく脈打つ心臓に苛まれながらも、俺は何とか意識を暗闇に落とすことができた。