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四段目

 さて、長者の家の者たちがこの姉弟を見るなり、

「なんとうるわしい姫君だろうか。若君の姿も並の人とも思われぬ。長者にお知らせせずとも、まずはここに留めおこうではないか」

といって、部屋に招き入れ、山河の美酒を用意して、三日三晩もてなしました。

 三日目になって人々が言うには、

「さて姫君様、本当に身を売るおつもりならば、大まん長者へ申し上げなさいませ」

と言えば、姫君はこれをお聞きになり、

「はい、ここまではるばるやって来たのは我が身を売るためにほかなりません。しかしながら、そこにいる弟には内緒にして、身を売るのは私一人だけにしてください」

とただただ泣いておられます。

 人々は実に立派なことを言ったものだと感心しました。大まん長者にこの事を申し上げると、長者は、

「それでは博士を召しだして、この姫の年頃を聞き出して占わせよ」

と仰います。博士は承って姫君の御前に参り、

「さて姫君様、あなたのお生まれになった年は、何の年でございますかな」

と問いかければ、姫君はこれを聞いて、年を尋ねて何とするのだろうと不思議に思いながらも、

「自分では覚えておりませんが、両親がかつて語りおかれたことによれば、私は壬辰の年、辰の月、辰の日の、辰の一点に生まれたのだそうです」

と思わず知らず、正直に話しておりました。

 博士は手を打ち合わせ、「これこそが松若どのの薬の姫であるよ」と、長者にこの事を語り聞かせれば、長者はたいへんお喜びになりました。

「ただ一人の息子のことだから、日頃から三世の諸仏に祈請をかけておればこそ、三宝仏陀も哀れに思し召されて薬の姫を与えたもうたか。それではその姿を一目みてみようではないか」

と言って、明かり障子の隙間から姫をよくよく見てみれば、その姿はまるで春の花、秋の月の風情にも似て、若々しい黛はほそやかに、目もとは芙蓉のような鮮やかさ。美しい唇からのぞく歯は愛らしく、玉のようなおとがい、十本の指までも、まるで輝く宝石のようです。

「なんとうるわしい姫君であろうか。これはさながら天人が天下ったか、菩薩が影向なさったかとも思える。もしも人間であるならば、どのような人の御子であろうか、先祖を尋ねてみよ、家臣ども」

と命じたので、人々はこれを承って尋ねました。

「もうし、姫君。あなたのお姿を見るに、ただの人ではございますまい。どのような人の忘れ形見でございますか。親の名をお語りくださいませ」

 姫はこれをお聞きになり、

「もはや何を隠すことがございましょう。私たちはこの国の南、えんらの庄かたひんらの里に住んでおりました、かんし兵衛の二人の子供でございますが、ある年に不慮の出来事があり、父母を一時に亡くし、財産もすべて消え失せました。私たち姉弟はみなしごとなり果てて、あちらこちらの野に伏し、山を家として、月日を送っておりました。来年の春頃は両親の第七回忌に当たりますから、菩提を弔いたいと思えども布施はなし。そこで我が身を売って菩提を弔おうと思ったのですが、買ってくれる人がありませんでしたので、この大まん長者のことを知って、はるばるここまでやって来たのです。現世来世の救済のために、どうかお買いくださいませ」

と、さめざめと泣いておられます。

 長者をはじめ、人々もはったと手を打ち、

「いったいどのようなお人かと思っていたら、かんし兵衛の忘れ形見でいらっしゃいましたか。なるほどこの方々の父母は、人が栄えることを憎み滅びることを喜ぶような人であったから、その子供たちはこのようにひどい目にあうのだなあ」

といって、みな涙をながします。


 長者は耐えかねて内に入り、御台にことのあらましを語って聞かせました。大まん長者の御台も涙をはらはらと流し、

「なんとおいたわしいことか。この姉弟も、両親の御存命の頃には乳母をたくさんつけて育てられた人々でしょうけれど、親が亡くなってこのように流浪することになるとは、なんとかわいそうなことでしょう。そのうえ、人の親は我が子を深く憐れむけれど子供はそれほどに親を思わないものだというのに、まだ幼い姉弟が我が身を売って親の菩提を弔おうとはるばるここまでやって来るとは、人並み優れた心がけです。いかに我が子の松若が不憫であっても、無理に生き肝を取るのもいかがなものでしょうか。ありのままに語り聞かせて、発心して命をくれるというのならばそれでよし、命が惜しいと思うのならばどこへでもお行きなさいとお伝えください、長者殿」

とおっしゃいました。

 長者はいかにもその通りだと思い、自ら立ち出でて、

「もうし、姫君様よ。大まん長者とはこの私です。先ほど生まれ年を尋ねた訳を語ってお聞かせいたしましょう。私には松若という子がおります。この子は三病を患ったまま未だ平癒せず、博士に占わせてみたところ、この子は壬辰の年、辰の月の辰の日に生まれた子であるから、同じ辰の年、辰の月、辰の日に生まれた姫を探し出して値段を限らず買い取って、その生き肝を与えれば平癒するだろうという。そこで、辻々に高札を立てて探したものの、年が合えば月日が違い、ついに見つからなかったところへやって来たあなたの生まれ年を尋ねたところ、合わないところがない。あなたの生き肝を下さるならば病は難なく平癒するでしょう。それに、命の代償はお望みの通りに差し上げましょう。しかし、命が惜しいと思われるならば、すぐにどこへでもお行きなさい。あなたの姿を見るだけで悲しい気持ちになりますから」

と、涙と共にお話しになりました。

 姫君はこれを聞き、言葉もなく袂を顔に押し当てて、たださめざめとお泣きになりました。しばらく後、涙をこぼす合間から、

「皆さんお聞きください。私が嘆くのは自分の命を惜しんでのことだと思われますか。この露ほどの命、他ならぬ父母のためならば塵ほども惜しくは思いませんが、ご覧ください。あそこにいる幼い子供は私の弟でございますが、さきほども語ったように両親に死に別れてよりこのかた、あの弟は私を父とも母とも思って頼りにしているのです。山へ上れば後からついてくるし、里に下れば私の先に立って行きました。ただ私だけを頼りにしているので、私が死んでしまったら、一体だれがあの子を弟と思って憐れむでしょうか。あの子は誰を姉と思って頼ればいいのでしょうか。己の命などは惜しくもありませんが、心残りはただあの弟のことばかりなのです」

といって、たださめざめとお泣きになります。長者も御台も人々も、全くその通りだ、理だといって袖を絞らないものはありませんでした。

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