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初段

 さて、天竺のかたわらには「胸割むねわり阿弥陀」と呼ばれるたいへん素晴らしい三尊仏がございます。その由来を詳しく語るならば、それこそまことに胸を打つ物語なのでございます。


 天竺には十六の大国、五百の中国、十千の小国、無数の小さな国々がございます。けいひん国、はらない国、はくし国、とうしょう国、さいしょう国などといって、国はさまざまございますが、その中でもびしゃり国と申しまして、とくに大きな国がございます。

 さてこの国のかたわら、えんらの庄かたひんらの里というところに、かんし兵衛びょうえという名の長者がおりました。この長者は、どんなときにも決して尽きることのない宝を七つも持っておりました。

 まず一つめの宝には黄金の山を九つ持ち、二つめの宝には白銀の湧く山を七つ持っておりました。三つめには悪魔を払う剣を二振り。四つめには南おもての花園に「音羽の松」という松を一本持っておりました。これは実に不思議な松で、男であれ女であれ、八十歳や九十歳になる者でさえも、この松の風に一度吹かれたならば十九、二十ばかりに若返るものですから、何よりこれが一番の宝でございましょう。五つめには邯鄲かんたんの枕を持っておりました。六つめには泉の湧く壺を十二持っておりました。七つめには麝香じゃこうの犬を五匹持っておりました。

 この長者には、世継ぎが二人おりました。姉に天寿てんじゅの姫という名の七歳になる輝くばかりの姫君、弟にていれいという名の五歳になる宝石のような若君の、二人の子供でございます。


 ある日の徒然に、長者は御台所を部屋に呼び寄せて言いました。

「妻よ、私の話を聞きなさい。世間の人々がみな極楽往生を願うのは、弥勒菩薩に出会って救われたいからであろう。私たちにはあの音羽の松があって、歳を取ったらその風に吹かれて若返り、また吹かれては若返るのだから、弥勒が世に現れる末代末世まで死ぬことなどあろうはずもない。それならばいっそのこと、このうき世の思い出に悪事をなして楽しもうではないか」

 ということで、夫婦は堂塔や伽藍に火を放ち、大河を渡す舟や小川の橋を打ち壊し、悪行ばかり行ったものですから、あっという間にびしゃり国えんたの庄かたひんらの里のかんし兵衛は慳貪けんどんな長者だと噂されるようになったのでした。


 ちょうどそのころ、お釈迦様は霊鷲山りょうじゅせんにいらっしゃいまして、人々に説法をしておりましたところ、このありさまをご覧になりました。

「残念なことに、人というものは善と言えば遠のき悪と言えば近づくものだ。この国のかんし兵衛をこのままにしておいたならば、周りの衆生もみな魔道に堕ちてしまうだろう。退治せねばなるまいよ」

とお考えになり、第六天の魔王たちに申しつけました。

 魔王たちはこれを承って、長者の館へ乱れ入り襲い掛かろうとするも、悪魔を払う剣が現れて天地を四方八方切って回るので、第六天の魔王たちもかないません。

 お釈迦様はこれをご覧になって、ならば厄神たちに頼もうと、九万七千の厄神たちにお命じになりました。

 厄神たちが話し合うに、我々では敵うまいということで、阿難あなん迦葉かしょう須菩提しゅぼだい富楼那ふるな目連もくれんなどを冥途へ遣わし、牛頭ごず馬頭めず阿傍羅刹あぼうらせつを呼び出し、彼らを先に立てて長者の館へ乱れ入りました。

 件の剣が現れ天地を切って回りますが、無間地獄の主である鐘馗しょうきという阿傍羅刹が火炎を吹きかけると、剣はたちまちに湯のように溶けてしまいました。

 目上の者に倣うのが下々の者の常ですから、長者につられて悪事をなした身内の下人ども三千七百余人をも、みなことごとく取り殺しました。とくに長者夫婦は簡単に殺してしまうことはせず、熱鉄の湯を沸かし、口に流し入れ五臓六腑を焼き払い、三悪道へと送ったのでございました。


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