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第三錠 引き継がれし記憶

 人は全ての出来事や物事を記憶することはできない。多くの人はそう思っている。

 だが実際には、記憶したことを思い出せないだけである。

 中にはギフテッドと呼ばれる、あらゆることを記憶できてしまう人も存在はする。

 それでも、彼の場合は世の中の医者や学者が知る「超記憶」のどのパターンとも違った。

 遠藤葵。それが彼の名前だった。

 漢字で書くと「あおい」と呼ばれることが多いが、正しくは「まもる」と読む。名前を間違えることは失礼だからと、謝られることも多いが気にしていなかった。むしろ記憶に残る名と似ている「あおい」と呼んで欲しかった。

 当時一番の寒空の下、十一時五十二分に生まれた彼はすくすくと成長して、今や九歳、小学生三年生となっていた。

 そう、外見だけは。

 あの日…十一時五十二分に最後を迎えた少女の魂はぞんざいに扱われ、雑な死神の手によって男の赤子としてこの世に生を受けた。

 そんなことは誰も、死神でさえもつゆ知らず時は流れていった。

 新たな体で「彼女」が意識を取り戻したのは小学校に入る頃だった。それまでの、幼児期の記憶はなく、幼稚園時代もうろ覚えであった。覚えているのは厳しい父親とそれに逆らえないでいる母。やりたくもないのに入会させられた空手やスイミング、学習塾といった習い事。それらをこなす日々をぼんやりと覚えている。

 自身の記憶に違和感を覚えたのは、入学式に着る服を買いに行った時のことだった。制服のない県立の小学校だから、それぞれが用意したそれっぽい服を着る。女の子であれば綺麗目なワンピース、男の子であればジャケットやサスペンダー付きの半ズボン。どの服を着て入学式に出るか、両親と買い物に出ている時に全ては動き出した。

「葵はどれがいい?」

「葵、これなんてどうだ?かっこいいぞ」

 デパートの子供服のブランド店で両親が代わる代わる薦めて来る。それらを見せられても首を縦に振ることはなかった。共について回る店員も少し困り顔だった。

 色々と見て回った挙句、「あれがいい」と本人が指差したのはチェック柄のグレーの丸襟がついたワンピースにジャケットを合わせた、女の子向けの服だった。

「何言ってるんだ葵!あれは女の子の服だぞ、お前は男なんだからあれは着ちゃいけないんだ!」

 顔から火が出そうなほど恥ずかしそうな様子で、我が子を男の子服のコーナーへと連れて行く父。この時、自分の意識に違和感が芽生えたのをハッキリと覚えている。

(私…男の子…?)

 幼稚園時代は男女統一の半ズボンにサスペンダーだったから違和感はなかった。幼稚園以外では、ただなんとなく、スカートが一着もない、青や緑といった服が多く、ピンクや花柄などの服はないといったことは感じていた。トイレは教わった通り、大と小を使い分けるようにしていた。どこか、違和感を覚えながら。

 だがハッキリと、強い口調で言われたことで目が覚めたかのように色々と思い出せるようになった。

 自分は「(あい)」と言う名前の高校2年の女の子であること。病気で入院していて、両親や友達に「また明日ね」と言ってから記憶がないこと。

 それが二〇〇七年だったこと…。

 すぐにではないものの、徐々に思い出せる範囲も増えていった。入学式にジャケットとサスペンダー付きのハーフパンツを着せられて出席する時までには、自身に関することの多くを思い出していた。

 それでもなぜ、自分が小学生の、しかも男の子でいるのか理解できなかった。なぜ、全く知らない土地で、全く知らない人と共に家族として生活しているのか。

 そして、なぜその人達に自由もなく育てられているのか。

 この時は…いや、この先もこの「答え」に出会うことはない。

 ただそれでも、自分の記憶は「遠藤葵」という少年に引き継がれてしまった、その事実だけは理解できた。

 この記憶が戻らなければ、幸せだったのかもしれない。

「愛」と呼ばれた少女はこの先一生、「遠藤葵」という男の体で生きていかなければならないのだから。

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