91. イスパーダのお願い
膝のところに両手を置いて話しているイスパーダの指先が少し震えていた。
コンコン
「お茶をお持ちしました。」
「入れ。」
「失礼します。」
さっきの執事の人がお茶を持ってきて、僕たちの前に置いてくれた。
「イスパーダ様、大丈夫ですか?」
「あぁ。」
執事の人は、イスパーダの指先の震えに気付いたみたい。
「毒針は、1本ならその日のうちに解毒剤を飲めば少し苦しむくらいで死ぬことはないんだが、さっき私に飛んできた針は3本だった。
俺はその針に気付いたが、見送ることしかできなくて、針が弾かれたのも見たんだが・・・
シュペアが走ろうと言ってくれた時、君たちが俺を引っ張って走り出した時、今にも毒が回って死ぬんじゃないかと思った。
俺にも身体強化をかけてくれて走って、邸の門を潜って、このソファーに座って、やっと自分が生きていることを実感できた。
だから、情けないがまだ手が震えている。」
「情けなくないよ。あの針は僕も怖い。護衛の騎士の人は大丈夫かな?」
「シュペアは優しいな。下手したら俺の襲撃に巻き込まれて死んでいたかもしれないのに、騎士たちの心配までしてくれるのか。
ありがとう。」
「手、出して。」
「ん?これでいいか?」
「うん。」
僕はイスパーダの震える手を握って、癒しの魔術でイスパーダを包んだ。
しばらくして僕が手を離すと、イスパーダの手の震えは治っていた。
「ありがとう。
それと、すまない。俺のせいで君たちまで敵に目をつけられたかもしれない。
もし可能なら、王都まで一緒に行ってくれないか?」
「僕たちも敵に目をつけられたかもしれないってことは分かるんだけど、王都に一緒に行くのは何で?」
「兄上に襲撃のことを報告に行きたいが、移動するのが怖いんだ。
剣や槍での攻撃は護衛騎士たちが防いでくれるが、針はその隙間をすり抜けてくる。
報酬は出す。何がいい?金でも武器でも宝石でも何でもいい。」
「僕たちはこれからメタルという街に行こうと思ってて、王都はそこから近い?」
「近くはないが、全く違う方向でもない。メタルには何をしに行くんだ?」
「ミスリルを買いに行くの。ヴォルターの武器屋さんで、加工前のミスリルはメタルなら手に入るかもしれないって教えてもらったから。」
「じゃあ加工前のミスリルは俺が報酬として用意する。だから・・・。」
僕は、僕1人の意見じゃ決められないと思って、ルシカとゲオーグを見た。
「シュペアはイスパーダ様を王都まで守って行ってあげたいんだろ?」
ゲオーグは僕の頭をポンポンしながら言った。
「でもいいの?」
「ミスリルが手に入るならメタルじゃなくてもいいんじゃないか?」
「うん。じゃあ、僕たちは王都まで一緒に行きます。」
「ありがとう。じゃあ準備が出来次第、出発しよう。君たちはそれまでこの邸にいてくれ。2日くらいかな。」
「分かった。
あ、宿に荷物があるから、取りに行きたい。」
「荷物は多いのか?」
「多くないけど、棒だから長い。」
「んん?棒?」
「棒が17本ある。」
「んん?棒って、棒だよな?」
「そう。木の棒。槍よりちょっと長い。」
「君たちはそれを抱えて旅をしてたのか?」
「うん。オハからペッケーノまで棒を担いで走ってきたよ。」
「ええ?それも何かの修行の一環なのか?」
「僕の槍の材料と、模擬戦用の棒だよ。ルシカとゲオーグの武器にも使うかもしれない。本数が多いのは失敗した時用に確保してるから。」
「あぁ、なるほど。理解はできた。
宿を教えてもらえれば、取りに行かせよう。外に出るのは危ないかもしれないからな。」
「分かりました。」
「彼らの泊まる部屋を用意してくれ。」
「畏まりました。」
「僕たちは3人で1部屋でお願いします。」
「それズルい。俺もシュペアたちと一緒の部屋で寝たい。」
「え?」
「コホン。イスパーダ様、お客様を困らせてはいけませんよ。
それに王都へ行くなら冒険者ギルドのことも、ある程度片付けるか引き継いでいかなければなりません。」
「うぅ・・・明日サブマスを呼んでくれ・・・。彼らのホワイトタイガーとグリーンタイガーの査定金も持ってきてもらってくれ。」
「彼らがあのタイガーたちを。なるほど。それは王都まで安全にたどり着けそうですな。
イスパーダ様をよろしく頼みます。」
「はい。」
「お部屋のご用意ができました。」
「分かった。」
「お客様、ご案内いたします。」
「はい。」
僕たちは執事の人に付いてイスパーダの部屋を出た。
「本当にありがとうございました。
先ほど戻った護衛騎士たちからも、あなた方の活躍を聞いております。あなた方がいなければ、イスパーダ様は害されていただろうと。邸までたどり着くこともできなかっただろうと。
それを分かっているから、イスパーダ様はあなた方に王都までの護衛を頼んだのでしょう。
イスパーダ様の我儘に付き合っていただきありがとうございます。
私共もできる限り協力させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
「気にしないで、僕はイスパーダ様と友達だから。友達は大切にしないとね。」
「その言葉を聞いたらイスパーダ様が喜びそうですな。」
執事の人は僕に優しい笑顔を向けてくれた。
>>>ルシカ視点
「なぁ、ゲオーグ、とんでもないことになったな。」
「あぁ。」
「俺ら、いつの間にかエトワーレの騎士団にされてたし、トルーキエでは狙われたし、アスカルでは命まで狙われて、今度はラジリエンの王族の護衛だとよ。」
「あぁ、ルシカ、深く考えてはいけない。もうこうなったら、流れに身を任せて、俺らは俺らに出来ることをするしかない。
とにかく、考えることはやめた方がいいぞ。」
「そう言えばゲオーグの得意技だったな。」
「ルシカも、修得した方がいいぞ。」
「そうだな。
あーホント世の中どうなってんだろうなー?
なぁ、騎士団に在籍していることになっているが、勝手に他国の王族の護衛をするのは大丈夫なのか?」
「分からん。中隊長にギルドで伝言を残すくらいはした方がいいかもしれんな。」
「だよな。明日イスパーダ様か執事に話してみよう。」
「ダメだとしても、もう断れないだろうしな。」
「だよな。まぁ、エトワーレとラジリエンは敵対していないから良いが、他国では慎重にならなければいけないな。」
「そうだな。トルーキエでは王を動かしてしまったらしいしな。」
「冒険者って旅先ではこんなことがよく起きるのか?」
「分からん。もう俺は考えるのをやめて寝るぞ。今日は森の中を散々歩いて、ギルマスに絡まれて、襲撃まで受けたんだ。疲れた。」
「だな。もう寝よう。シュペアなんかもう寝てるしな。」
翌日、シュペアとも話し、領主様にギルドで伝言を預かってもらうことにした。
「そっか。僕たち、国の所属だから他国の王族の人と関わるのは、よく考えなきゃいけないんだね。
ただの冒険者だったらいいけど、そうじゃないんだもんね。
肩書きって、あると便利だけど、不便なこともあるんだね。」
「そうだな。」
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