蜘蛛の巣
森の中に銃声がひたすら鳴り続け、銃声の中にはかすかに怒号や悲鳴が聞こえる。私はそれとは反対方向に走り続ける。
「なんなの、一体」
自分が置かれた状況が、非日常的で異常であるのだけは脳裏に焼き付いた。人より巨大な化け物が人と同じ顔をしながら指揮官を食い殺した。そこから記憶が曖昧だ、気づいたら走っていた。何で走っているのか、なんで逃げたのか。最初は分からず、単純な化け物への恐怖で走っていた。だんだんと冷静になり始め、自分が逃がされたのだと足が一瞬止まった。
「上杉上等兵…」
あの人と別れる時、この事を本部に伝え、近隣住民を避難させることを約束した。この状況を説明して信じてもらえるだろうか。暗い林道で走り続ける、懐中電灯は走っている間に落とした。重い装備を脱ぎ捨てたからだ。林道を抜け、近くの村に出る事だが出来た。
「これで、応援を呼べる」
この時間でも灯がついている家を探す。生き残れた、そんな嬉しさと仲間を置いてきた罪悪感に押し潰され、私は近くの木で吐いてしまった。足が重い、身体中が震えてしょうが無い。でも私は、この状況を絶対に報告しなければない。そんな使命感で身体を無理矢理前進させる。
「熱い」
走りすぎたせいか、異様な身体の暑さが前進を妨げる。前に出した一歩で私は地面に転がってしまった。頭が回らない、立たないといけないのに身体の自由がきかない。異変に私はようやく気がついた、これは指揮官がおかしくなった現象に似ている。
何故こんなにも気づかなかったんだ、自分の使えなさに反吐が出る。すると首から小さな蜘蛛が現れた、コイツが元凶にう間違い無い。異変が始まってから、息も出来なくなってきた。
「じにだぐない」
ろれつの回らなくなった舌で、生を懇願するように手を伸ばす。だが無情にも聞こえて来たのは後ろから何かが迫ってくる音。大体の予想は出来ていた、あれは獲物を絶対に逃がしてはくれないらしい。薄れる意識の中でも私は最後まで手を伸ばす。全部が無駄に終わるのだけは嫌だ。
「がみざま」
頼れる存在が居ないこの状況で願えるのは神様にだけ。惨めで、愚かで、馬鹿らしくて、泥だらけでも、奇跡を私は信じたい、すると目の前に白い光が現れる。その光はどんどん強くなっていきエンジン音を轟かせた黒色のワゴン車だった。ワゴン車のドアが勢いよく開く。
「ドール、お前はあの人間を頼む」
車から飛び降りたその人物を、私は視界がぼやけていたせいでよくわからなかった。意識を手放す最後に見たのは、その人は綺麗な白い髪をしていた。