蜘蛛の巣
暗い林道に車が三台止まっていた。その車はいわゆる軍用車両で戦車というレベルでは無いにしろ機銃や装甲がついている。周囲には銃を装備した軍人が17人ほど集まっている。どこの国から来たのか、何が目的なのか、彼ら自身知らない。だが彼らが居る場所は近隣の村からは『蜘蛛』が出ると噂のある森だ。
「M1、座標に到着。次の指示を」
『了解、M1。2330まで待機せよ』
「M1了解、指定時刻まで待機する、おって指示求む」
通信が切れ、周囲の隊員達が口を開く。
「一体何だってんだよ、作戦内容秘匿の任務の上、寄せ集めの奴らばっかり。胡散臭過ぎだろ」
「おい、上からの命令に文句があるのは分かるが、あまり口に出すな。ただでさえ規律が乱れ気味なんだ、火に油を注ぐ様な行為は慎め」
「はぁ、わかりましたよ指揮官さま」
うなだれ、ため息をつく彼の気持ちも分かる。普通はチームワークなどを考慮した編成にするはずだ。考慮出来ない理由があったにしろ、ここまで部隊が違うのは奇妙だ。
「ようアンタ!アンタもここに寄せ集められた口かい?」
先ほど愚痴を言っていた兵士が、こちらに近づいて来た。見た感じは少しチャラそうだが、こんな奴でも上等兵の階級だ。
「はっ、上等兵殿。私は和田大尉殿に配属されました、白石一等兵でございます」
「堅苦しいのはやらなくていい、俺の名前は上杉だ。嬢ちゃんもこんな任務に配属されるなんてツイてないな」
こんな感じでも恐らく緊張をほぐす為に気を遣ってくれているのだろう。こんな奴と思ってしまったのは失礼だったなと、心の中で謝っておく。
「少し気になったんだが、ここに集まったのは何人なんだ?」
「私が聞いています人数は17名で、す」
全員が到着した時にも私は確認した、17名全員の到着を私は確認したはずなんだ。
「どうした?」
「2名足りません!到着した際に数えているので2名減っています!」
事態を把握した上杉上等兵は周囲を確認し、大声で叫んだ。
「異常事態発生!全隊員、集合せよ!」
周囲の隊員達が急いで駆けてくる。何名かは周囲の警戒のために残っているが、そのほかの隊員は不服そうにしながら一応の集結をした。
「どうした、何があったんだ」
指揮官が険しい表情で詰め寄ってくる。
「最初と人数があわない、二名が任務を放棄した可能性がある」
「…わかった、取りあえず点呼を取ろう」
その後すぐに点呼が始まり人数の確認が行われた。やはり最初の人数より二人少なかった上、誰も居なくなった事に気づかなかった。
「そんなことがあるのか」
「クッソ、何なんだよ一体」
ただでさえ目的が分からない任務、寄せ集められた人員、そこに行方の分からなくなった隊員の出来事で、隊員達が口々に不満をこぼす。状況に焦った指揮官が本部に何度も連絡を取るが、どうやら一向に繋がらないようだ。
「こんな状況だ、焦るのも分かるが、ああも震えるかよ」
また私の横に来た上杉上等兵がため息交じりにつぶやく。確かに尋常じゃ無いほど指揮官は震えている。
「嬢ちゃんは大丈夫か?」
「あっはい、私は大丈夫です」
「こんな状態だ、嬢ちゃんみたいに平静を保てるのは珍しいんだぜ?」
タバコに火を付けながら話す言葉は少し暗い、ライターを持つ手は少しだけ震えていた。単純に気温が低いというのもあるが、身体が単純にある感情に反応していた。私も、上杉上等兵も、ここに居る全ての隊員が『何か』に『恐怖』していた。
「流石に夜の山は冷えますね」
「そうだな」
気を紛らわせなければやってられない、おかしくなったら終わる。本能がそう警告するのが分かる。寒いにもかかわらず出てくる冷や汗を拭い、深く息をする。「生きて帰る」そう心に誓い、私は前を向き直った。
視界に入ったのは糸が切れた人形の様にいきなり倒れた指揮官だった。その光景にあっけに取られていると、指揮官は立ち上がった。正確に言えば『何か』に立たされた、そう言うべきなのだろう。誰も指揮官に近づかなかった、足が動かなかった。
「何なんだよ一体、何が起こってんだよ!!」
上杉上等兵がライフルを構える。それに続くように全員が構え始める。
「指揮官!アンタに何があったかは分からんが、無事であれば返事をしてくれ!」
緊張が走り、隊員達の意識は指揮官に刺さるように集中した。
「聞こえてないのか!おい!」
「あの、少しいいですか」
「なんだ、こんな時に!」
私はあり得ないことに気づいてしまった。
「足を、指揮官の足を見てください」
指揮官の足は地面についていなかった、浮いていたのだ。気づいた瞬間、空に吸われる様に指揮官が攫われた。視点はそれを追うように自然と上に上がる、そして見てしまった。女性の上半身が蜘蛛の頭があるであろう場所から生えていて、体躯は5メートルはある。人と思える部分は異様に色白く、眼球が四つあり、そのどれもが真っ黒で何処を見ているのかわからない。
昔、本で見た事がある。あれは、『絡新婦』だ。