7話:Sideミライエ①
黒い少女は広々とした部屋でたった一人起き上がった。
カーテンは締め切られ、部屋に灯りはない。
そんな中でも少女は夜目が利くのか迷いない足取りでクローゼットの前へ移動する。
庶民に扮するための衣服を着込み、部屋のドアの前に置かれている朝食をテーブルに運ぶ。
大きな長方形のテーブルを囲むように六脚の椅子があるが、椅子がすべて埋まったことはない。
黙々と食事をしていると、部屋の外から内側に聞こえるようなひそひそ話が聞こえた。
「これじゃあまるで囚人ね」
「こら、姫様の部屋の前でなんてことを」
「なんていいつつ、私たちは看守ね、なんて言ってたじゃない」
「それは言わない約束よ」
クスクスと笑い声が聞こえる。
少女は何も思わない。
自分の世話をしてくれているだけありがたいことなのだ。
侍従たちとて、できることならこんなところにはいたくないはずだ。
そうやって笑うことで侍従としての仕事をしてくれるのならそれでいい。
少女は黙々と、毒味されて冷めきった朝食を優雅に平らげた。
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「君は……」
眩い金髪に透き通った琥珀色の眼を持った、溌剌とした雰囲気の歳の近いであろう少年ライトと初めて会ったのは、ほんの偶然だろう。
人気のない場所を探してたどり着いたささやかな楽園は彼の来訪で崩れてしまうと思うと絶望的な気持ちになる。
しかし結果として、ささやかだった楽園は輝かしい楽園となり、私の人生を照らした。
「あ、あの、その、ごめんなさい…………」
それは癖だった。
誰かと会うと、私の口からはまず謝罪が出る。
たった一人以外には、もう何年も謝罪の言葉しか口にしていない。
けれど、それは仕方のないこと。
すべて私のせいなのだから。
皆は何も悪くない、悪いのは私。
私がいるせいで皆気分を害し、中には健康に異常をきたす者もいるのだから。
「どうして謝るんですか?別に僕は何もされていませんし」
「で、でも、あの、私といるとみんな不幸になるから……」
「不幸になっても、それは誰かのせいじゃないですよ。それに、僕はどんなことがあっても不幸だとは思いません。だって僕はこんなに恵まれているし、みんな世界に祝福されて生きているに違いないですから」
彼は私と相対してもその輝きは失われていない。そんな人に出会ったのは二人目だ。けれど一人目は私の側仕えで、彼女の立場を考えるとこちらから喋っては同僚に攻撃されてしまう可能性があり、もうずっと喋れていない。
私は他人と面と向かって喋れるという事実に胸を打たれた。
それからたくさんお話をしていると、あっという間に日が落ちる時刻になってしまった。
「そろそろ帰らないと。一人で大丈夫ですか?」
そんな心配をされたのはいつが最後だろうか。自分の身は幸か不幸か自分で守れてしまう。
「いっ、いつも一人だから、大丈夫、です」
「そうでしたか。せっかくなのでお名前を聞いても?あ、僕はライト」
ライト様――なんとお似合いの名前なのでしょう。
「み、ミラ……」
自分の名前を聞かれていたことを思い出し、ちゃんと伝える。
ミライエ、と。
「じゃあミラさん、お気をつけて!」
ライト様は大きく手を振り、反対方面に消えていってしまった。
いきなり自分のことを愛称で呼ばれると思っていなかったので、驚きのあまり硬直してしまう。
また明日も会えるかもしれない、なんていう淡い期待を抱きながら。
いつもはつまらない帰り道がとても鮮やかに思えた。
次の日も、ライト様はやってきた。
そうしてライト様のご家族のことを聞いたり、お花の名前を教えたり、夢のような時間を過ごした。
その次の日も、さらに次の日も彼とは出会いを重ねた。
けれど、ライト君はこのあたりに定住しているわけではないようだった。
しばらくここには来れないのだという。
「ね、ねえ、ライト君、私たち、また会えるかな?」
無意識にそんな言葉が自分の口から発せられたことに驚いた。
「もちろん!ミラと話すのは楽しかったから、きっとまた会おう!」
「や、約束ね?」
「ああ、約束する」
友好的な間柄の人と約束を結ぶ時は小指を絡ませて指を切るという行為だけは知っていたが一度もしたことのないそれをした。
「えへへ……」
不意に笑い声が堪えきれずこぼれてしまった。
しばらく彼と会えないのは心苦しいけれど、きっとまた会える。
そう信じて再会を待とう。
そしてまた会えたら打ち明けよう。
これによって私が忌み子となった、とある秘密を。
王国中で忌避される闇の精霊との契約者であるということを。