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6話;花の丘での再会


 バナードと後期の定期考査が貼り出されている掲示板の前で自分たちの名前を探している。

 一位は前期から首位を守っているミラノーラだ。

 ガリアードも四位に食いこんでいる。


 僕はと言うと。

『59位 ライト・ストラーグ 実技考査21点 学習考査89点』


「バナード!実技が二十点いったよ!快挙だ!」

「おお、本当だ!やったなライト」


 座学もまずまずの点数だし、合計順位が六十位代から抜け出たのも初めてだ。

「バナードは?」

『52位バナード・スーウェット実技考査29点学習考査94点』

「バナードの時間をもらいすぎちゃったかな」

「別にライトのせいじゃない。単に僕の力不足のせいだ。それに、落第さえしなければ結果は気にしない」


 バナードはスーウェット男爵家の三男で、上に二人の兄と一人の姉がいる。

 家督は継げないものと思い、学院卒業後は宮仕えをするか商人になるかの二択だそうだ。

 ただ、試験の結果をどうでもいいと言いきれるのなら、商人になる方向に舵を切ったのかもしれない。

 聡いバナードのことだ、きっと商人として大成するだろう。


 一方の僕は卒業後に何をしたいというようなことはない。

 何もないままであれば、ストラーグ領に戻って兄さんの手伝いをすることになる。

 それはそれでちっとも悪くない。

 ストラーグ領ののどかな情景は好きだし、兄さんの下で働けるのなら得られるものも多い。

 あとは、花の丘にいけばミラに会えるかもしれないし。


「ともあれ、これで今学期も何事もなく終わったな。ライトは実家に帰るんだろ?」

「帰るよ。バナードは今年は帰る?」

「決めかねてる。別にぼくが帰っても帰らなくても同じだろうからね。だったら往復する分の時間も労力も無駄だ」

「そっか。まあ、バナードがそう言うならそうなんだろうね」


 バナードは去年も寮と図書館にこもってずっと勉強をしていたそうだ。

 今年もそうなら、もう学院を卒業した時に一度戻って、それきり出奔するんじゃないかとすら思う。

 でもそれがバナードの決めた道なら、バナードにとってはそれが正しいんだろう。

 それに、正直バナードは貴族に結構向いていないし。

 もっと自由に生きてこそ輝くと思う。


「んじゃ、次は五回生になったらだな」

「そうだね。無理はあんましないように」

「無理なんていつもしないさ。ギリギリになったらやめる」


 あれだけ勉強していて無理をしていないとは。

 やっぱりバナードは努力家だ。



▼▼▼▼▼



 僕は卒業生の家族ということで、卒業式に参列していた。

 六回生だった兄さんは晴れて卒業だ。

 兄さんは一回生の頃から首席の座を譲らず、卒業までずっと一番の成績だったようだ。


 これはアーマット王立学院始まって以来たった三人しかいなかったのだそう。

 百五十年の歴史があって三人だ。


 卒業生の代表として答辞を読み上げている。

 周りからは兄さんを誉めそやす声がひそひそと聞こえる。


「彼がせめて次男であれば、近衛隊入りは確実だったろう」

「いや、推薦は出されていたようだが、本人が断ったらしい」

「なんと、ストラーグ男爵家は安泰だな」


 僕も全然知らなかったけど、兄さんに近衛隊入りの打診がきていたとは。

 

 近衛隊は陛下直属の精鋭部隊で、僅か三十人から構成される。

 近衛隊員というだけで大変な名誉なのだ。


 それを兄さんは自分から蹴ったのだという。

 もしかして兄さんは実家に興味なさそうに見せているだけで、とても好きなのかも。


「――――以上で、アーマット王立学院一四三期総代の答辞とする」


 拍手が響き渡る。

 これで学院から兄さんは去ってしまう。

 喜ぶべきことだが、一抹の寂しさが掠める。

 二年後には僕も卒業だ。

 その時に、いまの兄さんのように立派な人間になれているだろうか。

 兄さんほどでなくとも、それに及ぶくらいにはなれるだろうか。

 そのためには大変な努力をしなければいけない。

 努力に努力を重ねればなれそうなら、やってやれないこともない!

 やってやるぞ!と心の中で僕は雄叫びを上げた。



▼▼▼▼▼



 半年ぶりに兄さんと顔を突き合わせて馬車に揺られている。

 馬車に乗るまで兄さんは沢山の女生徒に話しかけられ、それに丁寧に応対していた。

 疲れた様子は見せないが、さすがに疲れも溜まっているはずだ。


「兄さん、改めて卒業おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「これからストラーグ領に戻って、父さんの手伝いを?」

「そうなる。いずれは俺が男爵位を継ぐからな」

「兄さんがストラーグ男爵になったら僕は補佐する?」

「当然だ」


 これで気が変わっていたりしたら色々と考えなければならないことが増えるところだった。


「卒業したし、次はユナン義姉さんとの結婚でしょ?」

「そうだな。やらねばならぬことは山積みだ」

「そういえば、兄さんってユナン義姉さんのことどう思ってるの?」

「優秀な女だ」


 聞いておいてなんだが、好きとか嫌いとか、そういう兄さんの気持ちを教えてくれるとはそんなに期待はしていなかった。

 どうしてユナン義姉さんを選んだのかと何回か聞いたけど、優秀だからとしか教えてもらえた試しがない。

 でも、兄さんが優秀と評しているのだから、やはりユナン義姉さんは秀逸のようだ。


 ユナン義姉さんも卒業し、まずは実家のアビー準爵領に帰っている。

 そこから三ヶ月後に式を上げ、結婚するそうだ。

 残念ながら僕は参加できないから、兄さんとユナン義姉さんの結婚は学院から祝福するしかない。

できれば直接祝いたかったところだけど。


「近衛隊入りの推薦がきてたって聞いたけど、どうして断ったの?」

「俺はストラーグ男爵家の長男だ。陛下のお側でその身を守護するのも名誉あることだが、ストラーグ家を繁栄させることが肝要だろう」

「やっぱり兄さんは家族思いだよね」

「何をくだらないことを」


 兄さんは頬杖をついて車窓の外に視線を移した。

 兄さんが考えていることはわからない。

 それでも、ストラーグ家とストラーグ領のことを深慮していることくらいはわかる。

 兄さんとユナン義姉さんの力があれば、よほどの不運に見舞われない限りは繁栄が約束されたようなものだ。


 気持ちのいい風とともに、馬の嘶きが窓から窓へ通り抜けていった。



▼▼▼▼▼



 実家に戻った僕の日課が花の丘に向かうことなのは言うまでもない。

 一日目、二日目は誰もいなかった。

 少しがっかりしたけど、この場所自体が素晴らしい場所だ。

 頭の片隅にはいつか来てくれるかなという考えがあったためか、嫌に時間の流れが長く感じられた。

 そうして三日目、彼女は僕に遅れてやってきた。


「らっ、ら、ライト君」


 豊かで艶のある黒髪はあれからさらに伸び、前髪も変わらず重たいままだが、上擦った声で僕の名を呼ぶミラの姿が見えた。


「ミラ!久しぶり!」


 返事をするとミラはぎこちなく笑った。

 笑みを浮かべたまま、重い前髪の下に涙が一筋流れた。


「えっ、どうしたの!?大丈夫?」

「う、うん、大丈夫、だよ。う、嬉しくて……もしかしたら、会えないかもって、思っていたからで……」

「また会おうって約束したしね。約束は守るよ。それに、今回はひと月はこっちの方にいるんだ」

「た、たくさんお話できる?」

「ミラが嫌じゃなければいくらでもしよう!」

「い、嫌じゃない……嬉しい」


 僕らは再会を喜び合った。

 待ちわびたミラとの時間は無情なほどあっという間に過ぎていった。



▼▼▼▼▼



 あれからミラととてもたくさんの話をした。

 好きな食べ物のこと、好きな本のこと、好きな学問のこと、家族のこと、友人のこと。

 友人はいないと本人は言っているが、話を聞いている限り一人はいそうな感じだった。

 もしかしたら、友人というものを難しく考えすぎているのかもしれない。

 好きなものといった他愛のない話題から、気づけば僕らは自分たちが庶民の生まれではないことも間接的に話していた。


 そう、精霊と魔法のことだ。

 精霊と契約できるのは貴族の血脈に連なる者が大半だ。

 平民で契約者になれるのはほんのひと握り、よほどの才覚に恵まれなければならないという。

 さらに契約者の中でも体系立った魔法の扱いを知れるのは貴族のみだ。

 ミラはうっかりこの話題を出してしまったが、僕もミラもそうだろうなとは思っていたからいまさらといった感じではあった。


 そういった話をしていく中で、僕自身のことも話していた。

 僕の契約精霊は小さい精霊で、学校ではギリギリ進級できているくらいなんだ、とか。

 そういう話をすると多くが同情的だったり侮蔑的な眼差しを向けがちなのだが、ミラからはそれがまったくなかった。

 ミラの性質のためなのだろうか、誰かといてここまで安らかな気持ちになれたのは初めてだった。

永劫にこの時間が続けばどれだけ幸せだろう。


 甘美な時間は、なぜこうも早く流れてしまうのだろうか。



▼▼▼▼▼



 実家での滞在期間が半ばを過ぎた頃。


「ライト君、話したいことがあるの」


 神妙な面持ちで訴えるミラ。


「うん、聞くよ。聞かせてほしい」


 こうしてワンクッション置かれて何かを話し始めようとされたのは初めてのことだ。

 切り出されたが、ミラはまだ決心がつかないのか、口をまごつかせている。

 しばらく待っていると、ぽつぽつと喋り始めた。


「わ、私ね、精霊と契約しているって話はしたでしょ?……それでね、そのことについてなんだけど」


 彼女も契約者であることは既に聞いている。


「わた、私の契約精霊は……け、契約精霊はね……」


 だが、彼女がどんな精霊と契約しているのかは聞けていない。


「三日前に、ライト君は言ったよね……闇の精霊とその契約者に会ってみたいって」


 ミラの契約精霊の話かと思いきや、三日前に話した内容を唐突に掘り返してきた。

 たしかにその話をした。

 なかなか受け入れてもらえる話ではないけど、ミラなら真剣に聞いてくれる気がしたからだ。


「……私の契約精霊は、闇の精霊なんだ。だからもう、ライト君は会ってるんだよ」

そう告白された時の僕の表情がどんなに間抜けだったのかは、想像にお任せしよう。





「え、み、ミラの精霊が闇の……?」


 ミラは口をキュッと結び、太ももあたりのズボンの布を固く握っていた。

闇の精霊の契約者であることを白状するのは、浸透している闇の精霊への悪感情から察するに、犯罪を犯したことを自首するのに近いものがある。


「そっか!そうだったんだ。まさかこんな近くに闇の精霊との契約者がいたなんて。これは幸運だ。で、ミラの精霊はどんな?見せてはもらえないかな」


 僕にとっては天啓みたいなものだった。

 ミラの肩を掴み、黒髪に隠れた顔を覗き込む。


「っ――」


 興奮して思わず肩を掴んだ挙句顔を近づけすぎてしまった。

 思えばここまで間近に彼女の顔を見るのは初めてかもしれない。

 伏せ目がちな瞳は夜空を思わせるほど美しかった。

 それに、なんだかいい匂いがした。


「あ、ご、ごめん!」

「……」


 さすがに怒っているかもしれない。

 しばらく互いにそのまま固まっていると、ミラが気の抜けた声を出しながら崩れてその場に座り込んだ。


「……ら、ライト君は怖くはないの?」

「前も言ったと思うけど、どうして怖がる必要があるのさ。さすがに正体が魔人なんだ、なんて言われたら困っちゃうけど。それにほら、別にミラは悪い人じゃないでしょ?どこにも怖がる要素がないよ」


 そう言うと、ミラは静かに泣き出してしまった。

 闇の精霊と契約しているというのは、いまの時代は外聞があまりよくないのは事実だ。

 もしかしたらミラには、それにまつわる過去があるのかもしれない。

 あっても何もおかしくはない。

 とはいえ、精霊と契約できなかったことにもできなくはないという。

 そうであれば一概に闇の精霊にまつわる過酷な過去があったわけではないか。

 彼女の背中に手を置き、ミラが泣き止むのを静かに待った。





「私は闇の精霊と契約してるの。してるけど、したくはなかった……」


 ミラは自分の身の上話をぽつぽつと始めた。


「自分の精霊のことを、そんなふうに思っちゃいけないのはわかってるの。もしもこの子がせめて位階の低い精霊なら、隠して生きていけたはず……」


 ミラの背後に黒い影が現れる。

 それが色濃くなるたびに風が止み、花々はよく見れば徐々に萎れてきた。


「この子はとても高位の精霊なのよ。せ、精霊は高位になればなるほど人を介さなくても、周囲に影響が出る……ちゃんと制御できれば出ないようにできるみたいだけど、全然できなくて。それで、私の周りにいたりするだけで、みんな気分が悪くなったりしちゃうの」

「だからいつも一人で過ごしてるっていうこと?あれ、でも僕は全然そんなの感じないよ」

「うん、理由はわからないけど、ライト君はこの子の影響を受けないみたい。昔から一人だけお話してくれる子も大丈夫みたい。でもほとんどの人はそうじゃない……し、私も影響を受けるの」

「契約者まで悪影響を及ぼすなんて」


 それは想像より高位の精霊だ。

 精霊は自身の最適な宿主を見つけて契約するが、稀に不適切なことがあるという。

 もしかしたらそのせいなのだろうか。


「でもね、ライト君といる時は気分がいいの。どうしてだろう」

「僕もミラと一緒だとすごい気分が楽なんだ」

「わ、私たち、相性がいいのかも……って、変なこといってごめんなさい」


 一瞬はにかみ、一転して俯いた。


「それはそうかも。うん!相性抜群だ!」


 なんて、少しふざけてもいたが、少しでもミラの力になれることが嬉しくて、照れ隠しをしていただけだ。

 こうして僕はミラの重大な秘密の一つを知った。

 まさかそれに匹敵する秘密がもう一つあるとは思いもよらなかったけれど。






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