5話:身に覚えのない微成長
祖父の墓に白い星を添える。
墓の中には頭蓋骨だけが静かに座している。
祖父の葬儀は何もなく無事終わった。
僕と兄さんはすぐさま学院にとんぼ返りしないといけない。
「じゃあ、また半年後に」
「お元気で。そして、お気をつけて」
マイムに別れを告げ、両親にも伝える。
「父さん、母さん、行ってまいります」
「達者でな」
「ええ、お気をつけて」
僕は先に馬車に乗り込む。
兄さんが父さんといくらか言葉をやり取りし、乗車した。
来た道を引き返すべく、発車した。
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十六日の行程を終え、アーマット王立学院に舞い戻った。
まずは教師に報告するのが先決だ。
教室に行こうとしていたら、運よくソート先生が捕まった。
「先ほど戻りました。おそらく申請まわりは兄の方でまとめてやるかと」
「了解した。明日から授業に復帰するように」
事務連絡だけで終わりかと思いきや、
「その、なんだ、大丈夫か?」
「ええ、全然大丈夫です。……っていうのもよくないのかもしれませんが。祖父とはあまり面識がなかったので」
「そうか。なら問題ないな」
冷たく見えて、意外と情に厚いところもあるのがソート先生なのだ。
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借りていた三冊の文献を図書館に返却していた。
「らっ、ライト」
返却してから少しうろちょろしていたら、先月久々に言葉を交わした幼馴染みのアラナがいた。
「おじい様のことはご愁傷さまです。ご葬儀もお疲れさま」
「アラナは祖父とは会ったことあるっけ?」
「一度だけお見かけしたくらいね」
「そっか……」
沈黙しながら考えていたのは、嫌われているのかと思っていたのだが普通に話してくれているのはどういうことなんだろう。
「どうかしたの?」
「アラナに嫌われていると思っていたから、普通に喋れるのがなんか変な感じがして」
「えっ!?ライトのこと嫌ってなんてないわ!むしろライトのことは――」
「アラナ〜、勉強教えてほしいんだけど〜」
僕のことがどうとアラナが言おうとしていた時に、アラナを見つけて手を振りながら近づいてきた女生徒は、アラナの友人だろうか。
「アラナ――って、お取り込み中だったかしら?あら、そちらの方は……ああ!なるほど!いつもアラナが自慢してくる――」
「わ〜だめだめストップ!勉強教えてほしいのよね?そうよね?ビシバシ教えるわ!」
「お、お手柔らかに?」
アラナは来たばかりの友人の腕を強引に引き、友人を引きずりながら図書館から去っていった。
よくわからないけど、アラナは僕を嫌っていたわけではないことを知り、ほっとした。
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アラナは先ほど図書館で捕まえた友人アイアーネの部屋におり、部屋主のアイアーネを床に座らせて可愛らしく怒っていた。
「どうしてそんなに怒ってるのさ。別に困らないでしょ?」
アイアーネは座っているが、怒られている感じはなく背もたれに体を預けている。
「困るよ!だって、ライトのことが、す、す――」
「好きなのがバレたら困るって?でも好きすぎて二年以上避けてたじゃない。ぱーっとバラした方がいいんじゃないの?」
「そっ、れは恥ずかしいじゃない!ずっと弟みたいに思ってたのに好きなんて……ライトはわたしにそういう気持ちがないのはわかってるし……」
「アラナちゃんはお可愛いですね〜。よっ、乙女!」
「いつもそうやってからかって!」
「アラナはおちょくってこそ輝くから」
「アイのばか」
アイアーネはいい加減辟易していたのだ。
はじめのうちは面白がっていたが、四年以上アラナの好きな人のことを聞かされ続けてきたので。
噂のライトをあそこまで近くで見たのは初めてだった。
まあたしかに、見た目はかなりいい。
卒業後は近衛隊への入隊も望まれている、見た目も頭脳も魔法の腕も一級品の天才、学院のスターであるダイン・ストラーグの面影がある。
もっとも、特に魔法の腕については雲泥の差があるようだが。
アイアーネはいまいち男に興味がなかった。
「それにしてもまさか、アラナが面食いだったとはね〜」
「なっ、面食いじゃないもん」
「え〜、じゃあ彼のどこがいいのよ?」
言ってアイアーネはまずったなという表情になる。
何も自分からアラナの自慢話を聞き出す必要はなかった。
「うーん、たくさんあるけど、やっぱり一番は一緒にいると元気になれることよね。昔からライトと一緒にいるとなぜか明るい気持ちになれたの」
「それって自覚するよりもっと前から好きだったってこと?」
「それはわからないけど、そうなのかも」
「へ〜、もしかしたら魅了の魔法とかかけられてるのかもね」
「ライトは魔法全然使えないんだからそんなことできるわけないじゃん。そんなところもかわいいけど」
「はいはい、ご馳走さまです」
結局、勉強なんてそっちのけでアラナの恋バナを延々聞かされ続けるアイアーネであった。
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「よっ、バナード。ただいま」
「おかえりライト。ようやく帰ってきたか。ライトがいなくて暇だったよ」
「なんて言って、変わらず一人で黙々と勉強してたでしょ」
「それが趣味みたいなもんだからね」
バナードは相変わらず青白い肌で目の下にクマがあり病人のようだが、全然元気そうだ。
「ここ一ヶ月で何かあったりした?」
「そうだな……学院では特になにもなかったけど、王都近辺で魔人が出たらしい」
「魔人が!?」
魔人は人類に仇なす悪魔の使徒。
しかし元は人間だ。詳しいメカニズムは判明していないが、契約者と精霊のバランスが崩れ互いに融合すると、人ならざる人に変貌し、破壊者に生まれ変わるという。
そして魔人が恐れられるのは純粋に戦闘能力の高さにある。
契約者のランクに照らし合わせると、弱い個体でも第四階梯以上の契約者でなければ相手どれないという。
ただし、一対一で戦う場合であって、基本的に魔人が出現した場合は第二、第三階梯が束になって制圧にかかる。
魔人はそう頻繁に現れるものではないし、現れれば話題がそれで持ち切りになるのは当然のことだ。
「王都への被害はほとんどなかったみたいだけど、まだ討伐できていないそうなんだ。あと一歩で倒せたみたいなんだけど。もうちょっと頑張ってほしいところだね」
「それでも王都への被害がなかったなら十分だよ。さすがバンガード王国の契約者だ」
「ま、それもそっか」
バナードからさらに細々とした、授業の進捗やクラス内の出来事なんかを聞き、夕餉の時間を知らせる鐘が鳴った。
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ガリアードは珍しく図書館に来ていた。
彼は力任せに物事を解決する節があるが、すべてが力で片付けられないことを心得ている。
課題をこなすために文献を探していると、書架の向こうから声がした。
甘く可愛らしい声――三ヶ月ほど前に少し立ち話をしただけだが、彼はすっかり彼女に心を奪われてしまっていた。
いまは手下たちを使って情報を集めている。
誰と話しているのかと聞き耳を立てていると、どうやら話し相手は男のようだ。
その時点で嫉妬深く強欲なガリアードは憤りそうになったが、なけなしの理性で抑え込んだ。
幸運なことに、会話は二言三言で終了したようだ。
ならばチャンスだと、ガリアードは彼女に声をかけようと近づいてみる。
「……はあ、ライト、好き…………」
余韻に浸る彼女の言葉を聞き、ガリアードは図書館の出入口の方を急いで確認した。
そこにはあのストラーグの後ろ姿があった。
つまり、そういうことらしかった。
ガリアードの内に、どす黒い感情がふつふつと煮え返る。
「ストラーグゥゥ……!」
手のひらを強く、強く握りしめる。
爪が手のひらに食い込み、血が滴るほどに。
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祖父の死から半年が経ち、いよいよ後期の考査といった時期だ。
あれから、特に大きな問題のようなことは起きず平和に時間が過ぎていった。
王都を離れていた間にあったという魔人襲来の事件も、それ以降姿を現すことがなかった。
学校生活も型にはまったように同じ日々の平和な繰り返しだった。
いや、一つだけ剣呑なことがある。
二ヶ月ほど前からガリアードが時折僕に明らかな敵意のこもった目を見せた。
いままではそんなことはなかった。
僕のことは全然大丈夫魔法が使えないやつ、くらいにしか思っていなかったと思う。
そんな憎々しげな視線を向けられる理由が僕には皆目見当もつかない。
それでも直接的に何かされたこともなく、僕の思い過ごしでしかないことを願う。
一ヶ月間丸々授業を空けてしまったが、バナードにみっちりしごいてもらい、学科については余念がない。
ここ半年での驚くべき成長は魔法だ。
光と火と風の初級魔法しか使えず、火と風に至っては成功率が低かった僕だが、なんと水と土の初級魔法まで発動できるようになった。
水と土の初級魔法の発動率は五分五分だけど、火と風の初級魔法はほぼ百パーセントだ。
光の精霊は闇属性以外の魔法を扱うことも可能だが、四属性すべてを習得できる割合は一割にも満たない。
フェイから借りられる魔力が少ないため中級以上の魔法を使えないことが自明なので、僕は色々な属性の初級魔法を扱える契約者になるべく練習を続けた。
その甲斐あって、光属性と四属性の初級魔法を発動できるようになった。
水属性の初級魔法が困難を極めたが、一番苦手な属性には優秀なお手本がいた。バナードだ。
バナードには座学から実技まで、お世話になりっぱなしだ。
いつかこの恩を返せるだろうかと心配になるくらいだ。
中級魔法が使えなくても、まだまだ課題は山積みだ。
成功率を上げるのはもちろん、それと並行して複合魔法にも挑戦してみるつもりだ。
僕より、フェイが急速に成長しているんだと思う。
契約精霊は契約者の魂魄を養分にして生きている。
だから人の成長に合わせて精霊も成長していくことが多い。
例に漏れず、フェイもそうなんだろう。
そう考えると、道のりは長いかもしれないけど、いつか中級魔法も使えるようになるかもしれない。
やってやれないことはないさ。
光の初級魔法しか使えないと言われ続けても、こうやってできる魔法は増えた。
僕はフェイを信じている。
フェイも僕を信じている。
だから、できるはずだ。
半年で一気に進歩したから実技のテストが楽しみだ。