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3話:祖父の訃報



 前期の定期考査の結果が発表されてから一ヶ月ほどが経過した時分。

 兄さんが僕の部屋にきた。

 寮は学年ごとかつ男女別に用意されており、自身の寮以外には入ってはいけない決まりになっているし、このルールを破った者にはかなり厳しい謹慎が言い渡されるのでやる人はいない。

 なので、家族といえど入ることはできないはずだ。


「兄さん?」


 部屋の扉の前には、僕よりやや背の高い、深い碧の髪に芸術品の題材になっても映えそうな相貌の兄がいた。女生徒たちが兄さんのファンクラブのようなものを作るのも無理はなかろう。

 右手には封が破かれた手紙。

 普段は微動だにしない表情だが、どこか兄さんからは哀愁が漂っている。


「祖父が亡くなったそうだ。葬儀のため、家に一ヶ月ほど戻る。準備をしろ。明日明朝に出立する。正門前にくるように」



▼▼▼▼▼



 兄さんから祖父の訃報を聞いてから、バナードの部屋にきていた。


「そっか、それはご愁傷さま。にしても一ヶ月もライトがいないとなるとつまらなくなるね」

「まあ、あんまり変わらないよ」

「にしてももう半日後には出発か。ストラーグ領までだとここから何日くらいかかる?」

「天候に恵まれれば十一日くらいかな。スーウェット領まではちなみにどれくらいかかるんだ?」

「六日くらい」

「半分くらいしかかからないのは羨ましいね。十日以上馬車に揺られるのは結構疲れるし」

「今回の帰省は急ぎだからみちくさも食えないだろうし、十日以上ほとんどぶっ通しで乗ることになるだろうなあ」

「それはそれは」


 バナードはうへえ、と心底嫌そうな顔をして同情した。


「まあ、気をつけて行ってきなよ。ライトの兄上も同席するんだろうし、賊に襲われても平気だろうけどさ」

「うん、ありがとう。じゃあまた一ヶ月後に」



▼▼▼▼▼



 僕は次いで、ソート先生を訪れた。

 バナードに話すより先にこちらにくるべきではあったが、タイミングよくバナードに会ったから仕方ない。


「ソート先生、いまいいですか?」

「ああ、ライト・ストラーグか。どうした?」

「祖父の葬儀のため、明日から実家に帰省するので、一ヶ月ほど学院を空けます」

「そうか。手続きは済んでいるのか?」

「兄がしてくれています」

「なら問題はないか。しかし、前ストラーグ男爵が亡くなったのか……」

「もしかして、先生は祖父と面識が?」

「だいぶ昔のことだがな。あの御仁には世話になった。私は葬式に行けないが、ここから悼むとしよう」


 まさか祖父をソート先生が知っていたとは驚きだ。


「何にせよ事情は把握した。漏れている手続き等があればこちらで処理しておこう。ストラーグ領までは相当の日程を要するだろう。今日はもう自室で休んでいなさい」


 ソート先生は雰囲気の鋭さや口調から冷徹な人間という印象を持たれがちだが、中身は教育熱心で生徒思いのとてもいい先生だ。

 担任は一回生から六回生まで通して同じなので、ソート先生のような人が担任なのはとても幸運なことだと常々思っている。


 先生の切れ長の目が、祖父の訃報を伝えた瞬間に僅かに潤んだのが、やけに頭に残った。



▼▼▼▼▼



 準備をしないといけないのはその通りなのだが、そんなにやらないといけないことはない。

 食料や水分、下着といったものは道中で必要になれば買い付ければいいし、食料と水は三日分は少なくとも馬車に積まれている。

 だから、持っていかなければならないものというと、せいぜい教材くらいだろうか。

 けれど教科書はかさばりすぎるし、学院の外に持ち出すには届けを出さないといけない。


 制服は持っていくとして、うん、必須のものはそれくらいか。


「あ、結局本を借りれてなかったや」


 片道十日以上かかる旅路だ。

 せっかくだから何か図書館で借りて、ついでに持ち出し許可ももらって持っていくとしよう。



▼▼▼▼▼



 さて、翌日になり、日が昇り始めた。

 正門前には馬二頭に引かれた馬車がある。

 馬はもう二頭おり、そちらは鞍がついているだけだ。

 そして三人いる。一人は馬車の先頭にいる御者。あとの二人はこの馬車の護衛だ。

 兄さんはそろそろくるだろうか。


「揃ったな。では発とう」


 後ろから兄さんの声が聞こえる。

 長く馬車に乗ることになるため、僕も兄さんも制服でもなければ正装でもない。ラフな麻服を着ている。


 僕らは馬車に乗り込んだ。

 三人乗りの馬車なので、二人しか乗っていない車内には少しスペースがある。とはいえ食料とかもここに搭載されているため、広いかといわれると微妙なところだ。

 外で馬が嘶き、馬車の車輪が回り始めた。



▼▼▼▼▼



 アーマット王立学院のある王都ラグナートを抜けた。

 天気は気持ちのいい晴天で、近頃は悪天候もなかったため道の具合もいい。

 ラグナートを囲む壁は三六〇度に巡っており、八箇所ある大門からしか行き来できない。

 王都の中央には国王陛下や王族の住まう宮殿がその威容を放っている。


 ちなみに、王都の名称の由来はバンガード王国を興した初代国王ラグナス・バンガードから取られている。

 初代国王は精霊王と呼ばれることも多く、すべての属性の上級精霊と契約していたと言い伝えられており、単独で一国の兵力を優に越えていたとまで言われている。

 初代王ラグナスの逸話は数々の物語になっており、バンガード王国の子どもたちは誰しもがその物語に触れる。


 王都の喧騒を抜けると、しばらくはただひたすらに道だ。

 王都から離れれば離れるほど舗装されていない道が出てきたり、なかなか次の領地まで遠かったりするが、まだ序盤も序盤。


 舗装された道を走っているので揺れも少ないし、時折他の馬車や馬ともすれ違う。


 僕は持ってきた本の一つを取り出し、読み始める。表題は『光魔法と闇魔法の相反』。

 兄さんは兄さんで、本を黙々と読み進めている。

 車内には車輪が回る音と蹄の音が響いているだけ。


「……まだ闇の精霊の契約者との融和の道を模索しているのか?」


 兄さんが本を閉じ、唐突に問うてきた。


「それはもちろん。っていっても、そもそも闇の精霊も、その契約者も会ったことすらないから、どんなに調べてみたり考えたりしても机上の空論だけど。兄さんは会ったことある?」

「一人だけある。が、そうだと知ったのは随分後のことだった」

「その人はどうだった? よく言われるように邪悪な雰囲気があったとか、そんなことが本当にあった?」

「いや、微塵もなかったな。むしろ穏やかなくらいだった」

「じゃあやっぱり俗説は俗説なのかな」

「その判断は早計すぎる。一例から判断するのであれば、ワルプルギスを例にして闇の契約者は悪だとする主張にも正当性があることになりかねないだろう」


 兄さんは言動こそ僕に興味関心がなさそうに見えるが、実際はいまもこうして諭してくれているように、あくまでそう見えるだけに過ぎない。


「お前の考えも一考の余地があるものの、精霊の性質と契約者の性質は相似する傾向にあることは研究から明らかになっている以上、一般に浸透している考えの方が科学的にも優勢といえる」

「兄さんも闇の精霊の契約者は非難する?」

「そういうわけではない。どちらの考えも理解はできるが、融和の道は遠いと言わざるをえない」


 似たようなことを前にも言われた。


「幸か不幸か、お前は光の精霊の契約者で、性格は明るすぎる」


 車窓から白い陽光が差し込んだのでよく見えなかったが、そう言った兄さんはいつもの仏頂面ではなく、薄っすらと笑っているように見えた。



▼▼▼▼▼



 学院を出発してから二日が経過した。

 二日目の旅程も終わり、いまはフォンガード公爵領にきている。

 今日は公爵領で一泊し、食料等必需品を揃えてから明日またストラーグ領に向かう。


 まあ、僕は特にやらなければならないことはない。

 ただ体を休めて、明日も馬車に乗って長らく揺られるだけだ。

 凝り固まった体をほぐすために柔軟をしていると、肩あたりにぼうっとフェイが姿を現した。


「どうしたんだ、フェイ? フェイも疲れたのか?」


 からかうと、反論するように素早く明滅した。

 既に夕食も済ませたし、汗も流した。あとは寝るだけだ。


「おやすみ、フェイ」


 灯りを消し、ベッドに寝転がる。

 寝転がりながら、遅まきながら亡くなったという祖父のことを考えた。


 ワルハラスト・ストラーグ。享年七六歳の五代目ストラーグ男爵。

 魔法の扱いが上手く、五十年と少し前にあったというユースタス帝国との大戦で大きな手柄を上げ、あと少し多く成果を上げていれば陞爵もあり得たほどだそうだ。

 あと一年でも早く生まれていれば今ごろストラーグ家は子爵家だったやもしれぬなあ、と祖父がうそぶいていたことを覚えている。


 僕は祖父の魔法を見たことはないし、精霊も見せてもらったことがない。

 そもそも、祖父とは数えられるほどしか会ったことがない。

 けれど、祖父は優しかったのは確かだ。


 若い頃は烈火のような性格だったと父さんがぼやいていたが、そんな面影が見えたことはなかった。

 ただ、父さんと祖父の仲はあまりよくないらしかった。

 気になって二人の間に何があったのか聞いたが、答えはかえってこなかった。


 まあ要するに、祖父のことはほとんどわからない。


 悲しくないことはないけど、それは身内だから感じるものでもないように思う。

 誰かが死ねば悲しいものだ。

 そういう意味では、僕は案外薄情なのかもしれない。


 でも、あんまり知らない人(自分の祖父に対しての言葉としては適切ではない気もするけど)の死に悲嘆にくれてもいいことがないと思ってしまう。

 僕たちはまだ生きているんだから、前に前に進むべきだ、と。

 やっぱりちょっと薄情者なのかもしれないな、と自嘲しながら目を閉じた。








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