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1話:日常①

 今日は定期考査の結果が貼り出される日。

 結果を確認するための人だかりが落ち着きを見せ始めた頃、僕も結果を見に行くために掲示板に向かった。


 貼り出されている紙は二枚――座学と実技の結果だ。最上段に大きく『アーマット王立学院四回生前期試験結果』とあり、下にずらっと名前と点数が並んでいる。一番上は一位で、下は六七位。

 一位の欄には『ミラノーラ・ミューリフ 実技考査98点 学習考査93点』とある。テスト結果で二位未満に名前が載っているのを一回生の頃から見たことがない。彼女のことを天才ともてはやす人もいれば妬む人もいるが、きっと影で努力をしているに違いない。


 さて、僕の名前はどこにあるだろうか。上からは探さない。下から舐めるように視線を上げていく。

『64位 ライト・ストラーグ 実技考査10点 学習考査85点』

 ちなみに僕より下の三人は病欠だから、実質僕が最下位みたいなものだ。けど僕にはあと六十番分の伸びしろがあるわけだからそう悲観するような結果でもない。それに、座学の結果はかなりいい。完璧ではないかもしれないけれど、座学の結果だけ見たら上位十番に入るし。


 定期考査は合計が九十点未満だと例外はあるが留年するので、結構ギリギリな結果ではあったけど。

 結果も確認したし帰ろうかとテスト結果に背を向けた時、左肩のあたりに小さな白いモヤが浮かび上がる。


「どうしたんだ、フェイ?」


 このモヤみたいなものは僕と契約している精霊だ。

 契約者は精霊の力を借り、魔法を行使する。

 僕も契約者で、辛うじて魔法も使える。

 辛うじてという枕詞が付くのは、謙遜しているだとか自分を卑下しているというわけではない。

 僕の精霊は、あまりにもか弱く、固有の名前も一般に与えられていない。ざっくりと、微小な精霊ということで微精霊とだけ呼ばれている。そして、魔法の強さは契約している精霊の強さに大きく依存する。


 この光の精霊フェイ(僕が名付けた)から借りられる力は多くなく、本当に辛うじて魔法が使えるくらい。だけど、四回生まで進級できているし、世間で言われているほどだめな精霊ではないと思っている。

 だから、僕はフェイが契約してくれたことを嬉しく思う。そもそも精霊と契約できない人もいることを考えると、僕は幸運すぎる。


 フェイが僕に何かを伝えようと淡く明滅している。


「励ましてくれてるの? 別にへこんでないよ。いつもありがとう」


 もう今は放課後だ。日も落ち始め、空が赤く焼けている。そろそろ帰ろうか。

 帰ると言っても学院の敷地内にある寮にだ。実家には年に一度一ヶ月ほど帰るが、それ以外は基本ずっと学院の敷地内で過ごしている。


 寮は学年ごとに用意されている。六年間同じ寮、同じ部屋で過ごす。

 もう何度往復したか分からない道を歩き、自分の部屋のドアを開ける。

 部屋にはこれといって面白いものはない。勉強机と椅子、それに寝具があるだけだ。

 机の上には教科書が散らかっており、横の棚にも書籍が並んでいる。


「よし! まだまだ勉強が足りないし、もっとやらないとな!」


 実家に帰る長期休暇は後期の考査が終わってからだ。別に前期の定期考査が終わったからといって休みがあるわけでもなく、明日も明後日も講義がある。

 僕はあいにくとそんなに出来がよくない。だから休みか休みじゃないかはそんなに関係ない。よくない分頑張らないとね。頑張ればきっとなんとかなるに違いない。今までだって、やってやれないことはそりゃあったけど、それらがすべて無駄だったなんて思わない。

 日進月歩。どんなことでもきっとどこかで役に立つ。何の役に立つことになるのかなんて、想像もできないけど。


 またぞろフェイがふわふわと肩のあたりに浮遊している。応援してくれているみたいだ。

 僕は辛うじて使える魔法の一つ、光の初級魔法トーチを使い、机の上に光源を浮かべる。力を借りすぎて、フェイは見えなくなった。



▼▼▼▼▼



「テストの結果を見たか? 相変わらずギリギリの、ハッ、実技十点ってなんだ! 十点だぞ? これなら一回生の方がまだできるんじゃないか? オレなら惨めすぎて首を括って死んでいるところだ。なあ? ストラーグ」


 教室に入ると奥から聞こえてきたのは、よく通る声。

 錆色の短髪はオールバック、肉体もそこらの大人よりよほど仕上がっているし、身長も180以上ある。四回生でトップクラスの実力者で、五回生や六回生を含めても戦闘の能力は学院トップクラスだという。


「おはよう、ガリアード。うん、ぎりぎり大丈夫だった。それにしても君は相変わらず実技の成績がすごいね。百点なんて、本当にすごいよ。見習わなきゃ」


 ガリアード・テセンは鼻白み、僕を一瞥してから興味を失ったように彼を取り囲む同級生の方に直った。

 いつもガリアードはこんな感じだが、直接ぶん殴られたりみたいなことはあまりないし、実際、彼の実力は目を見張るほどだ。たしかに少し意地悪なところはあるが、それはきっと僕のどこかしら気に入らないところがあるんだろう。人間誰しも、特に理由なくそういった感情を抱くことだってある。仕方ない、とはそんなに言いたくないけど。

 自分の席につき、荷物を整理していると、後ろから肩を叩かれた。


「やあ、ライト。朝からとんだ災難だな」

「おはよう、バナード。災難?そんなのないよ」


 分厚く大きい眼鏡をかけた、痩躯の彼は僕の親友だ。相変わらず今にも倒れそうな見た目というか雰囲気が若干あるが、これがいつも通りで健康体。


 バナード・スーウェット。僕と似た境遇で、ウマが合う彼とは、もう三年以上の付き合いになる。

 境遇が似ているというのがどういうことかというと、僕もバナードも家格の高くない貴族家の出自で、長子ではなく、実技つまり魔法の扱いに乏しく、しかし座学は結構できるということで、意気投合した。


 バナードは、

「けど性格は全然違うよね。悪い意味じゃないよ、もちろん。僕は悲観的に考えちゃうけど、ライトはなんでも楽観的に、ああ、これも悪い意味ではなくてね、楽観的に考えられるじゃん? そう、ぼくらはそこが一番よかったのかなって。なんかこんなこと言うのもこっ恥ずかしいけど……」

 なんて前に言ってたっけ。


「バナードは今回は二十二位だったね。前回よりいい順位だ」


「ありがとう。今回はたまたま実技考査が少し得意な分野だったおかげかな」


 なんて言うが、バナードの学習考査の点数は九八点だった。

 テストの結果やその内容についていくらか雑談をしていると、ぞろぞろと同級生たちは自身の席につき始めた。


 教室前方のドアが開き、担任が入ってきた。


「諸君、おはよう。一限は魔法理論だ。各自教科書を開くように」


 グレーの長髪に切れ長の目、強い女性といった雰囲気の担任の名はキュリエラ・ソート。ソート子爵家の長女であり、そして三十代半ばに第三階梯に至った傑物。


 第一階梯は学院を卒業したらほぼ自動でなることができるが、第二階梯に至るのは平均十年、そこより上となると単純に年月という話ではない。

 それだけの契約者でありながら教鞭を取っているこの先生は、何のために教師をやっているのだろうと考えた時もあったが、その悩みはすぐに解消した。


 ソート先生は純粋に若い契約者を育てようという心持ちで教壇に立っているに違いない。本人の口から聞いたわけではないが、きっとそうだ。


「四九ページを開いて。火の精霊がもたらす――――」



▼▼▼▼▼



 授業終わり、教室を出て廊下を歩いていると、後ろからスタスタと足音が聞こえてきた。

 と思っていたら、目の前を手のひらが通り、壁に勢いよくついて僕を通せんぼする。

 何事かと思い、その腕の持ち主を見る。燃えるような赤髪に紅の眼、吊り目がちだが瞳は大きく、口はきつく結ばれている。


「ライト・ストラーグ! あなたは恥ずかしくないのですか?悔しくはないのですか!? テストの結果といい、ガリアード・テセンにいいように言われて」


 彼女は四回生で成績トップに君臨する、ミューリフ子爵家の長女、ミラノーラ・ミューリフ。何故か僕に度々こうして絡んでくるのだが、本当にどうしてなのかわからない。


「悔しいかといわれても、テセンの方が成績はいいし、事実を指摘されて恥ずかしがるっていうのも…。そういえば、今回も一位だったね。おめでとう!」


「あ、え、ええ、まあ、当然よね」


 照れているのか、やや紅潮している。もしかして人に褒められるために絡んできていたりするのだろうか。とか言ったらさすがに怒られそうなので冗談でも言わないけど。


「って、そんなことで話を逸らそうとしても無駄よ。あなたからは真剣さが感じられないわ。そんな成績でどうしてヘラヘラしていられるわけ?」


「うーん、ヘラヘラしているつもりはないんだけど…気分を害したならごめん」


「そうじゃなくて、ああもう! バンガード王国の貴族たるもの、もっと毅然とすべきよ!」


 言いたいことを言い切ったのか、踵を返してミラノーラはどこかに行ってしまった。

相変わらず、嵐のような人だ。



▼▼▼▼▼



今日は天気がいいなあと空に目を向けて、日向ぼっこでもしようかといつもの場所に歩を進めている。ほとんど使う人がいない、というより知っている人も少ないんじゃないかと思う。学院の裏手にぽつんとある、雨よけ用の屋根とベンチだけが置いてある。とりたてて手入れされておらず、周りは草木が伸び放題になっている。ただ、ベンチだけは少し綺麗だ。まったく多くはないが、ここに来る人がおり、ベンチだけは使うため汚れきっていないのだろう。


 ベンチを見ると、腰上まである長い淡い金髪の、奥ゆかしい感じの美人の先客がいた。


「こんにちは、ユナン義姉さん」

「あら、こんにちは、ライトさん。相変わらず義姉さんだなんて気が早いですね」

「気が早いも何も、卒業したら兄さんと結婚するわけだから、もうほとんど結婚してるみたいなもんですよ」

「うふふ、そうね、そうですよね。ようやくあと半年で念願が叶います!」


 この女性の先輩はユナン・アビー。アビー準男爵家の長女と聞くと、学院ではかなり低い家格だが、この人はとても優秀だ。

 何せ六回生でトップの兄に座学においては優るほどの才媛で、婚約者を選ぶ際には兄がその部分でユナン義姉さんに決めたくらいだ。


 僕はあまり学院内の交流関係が広くないが、中でも多くない僕とコミュニケーションをとってくれるからありがたい。年上のまともな知り合いは彼女くらいしかいないかもしれない。元々、学院はあまり同学年以外とは交流がないけども。


「ユナン義姉さんは、前期のテストは相変わらずですか?」

「ええ、相変わらずダインさんには敵いませんわ。学習考査の方はダインさんとほとんど同じでしたし、さすがですわ」

「あれだけ優秀な兄さんと競えるだけでも十分ユナン義姉さんも優秀だと思いますが」

「そうよね、ダインさんはとっても優秀ですもの。格好いいです。才があっても驕らず、研鑽を怠らないお姿がとても。もちろん、見目も麗しいですが、何よりその真摯な姿勢に感銘を覚えます。真摯な姿勢といえば、ダインさんはああ見えてとても紳士なところもありますし、まさに非の打ち所がないとはダインさんのことですわ。それに————」


 自分から振ったとはいえ、また始まってしまった。

 兄さんの前では理想的な女性然として振る舞っているし、基本的に社交的な場でもそのように振る舞っているが、義姉さんの本質は兄さんへの愛が止まらない乙女だ。


 偶然たまたま義姉さんが兄の脱いだ服を手にとって恍惚とした表情でいた場面を目撃し、それ以降はこうして兄さんへの気持ちを正直に吐露してくるので、少し困りものではある。

 政略結婚で二人は婚約しており、卒業したら結婚する取り決めだが、義姉さんを見ていると恋愛結婚なんじゃないかと思わずにはいられない。兄さんがどう思っているのかはちっともわからないけど、少なくとも嫌っているようなことはないと思う。


 事あるごとに義姉さんにプレゼントを送っているようで、そのたびに義姉さんに小一時間自慢されるので、兄さんなりに彼女を大事にしているはずだ。


「っと、話しすぎてしまいました。ライトさんは結果はいかがでしたか?」

「座学の方は八五点でした」

「それはいいですね。努力の賜物です」

「実技は十点でした」

「……そう、むしろライトさんの精霊で、四回生の実技で十点も取れているのが異常ですね」

「フェイは見た目よりすごいんですよ」

「その子より、ライトさんがおかしい気がしますが。本来、名もない精霊と契約している契約者は、その精霊の属性の初級魔法が使えれば重畳といいますが、ライトさんは光の初級魔法以外にも使えますでしょう?」

「そうですね、火と風の初級魔法はなんとか」

「それはライトさんが腐らず、努力を怠らなかったからですよ」

「僕がというより、フェイもそうですし、みんなの手助けのおかげですよ」


 義姉さんはいつもやけに僕のことを持ち上げてくれるが、若干兄さんを僕に重ねているのだろうか。僕の力だと言ってくれるが、きっと微精霊の中ではフェイは強大な精霊なのかもしれないし、兄や先生にも恵まれている。アーマット王立学院に通い、勉学に励める環境があるというのもあるだろう。


「いつもそういうところだけは強情ですね」

「ユナン義姉さんも僕のことを持ち上げすぎですよ。僕は兄さんじゃないですし」

「もしかしてライトさんは私がダインさんと同一視しているんじゃないか、と思っていましたか? そんなことはないですよ。たしかにライトさんにはダインさんの面影があるのでまったくそういう目で見たことがないといえば嘘になりますが、ダインさんはダインさんであるように、ライトさんもライトさんですよ」


 そう言うと、義姉さんは優しく微笑んだ。


「兄さんにもそうですが、ユナン義姉さんにも敵いそうにないですね」

「それはきっと、私の方が少しばかり人生経験が多いからでしょうね」


 次の講義が始まるまでの間、しばしユナン義姉さんと歓談を楽しんでいた。





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