15話:Sideミライエ②
彼と会わないと決めてから、私はずっと避けていた精霊の制御と魔法の扱いに真剣に取り組んでいた。
けれど直接指導してくれるような人はいない。
書物で理解した内容を実践してみるしかない。
「……ダクラス・ナクラス」
私と契約を交わしている精霊の名を呼ぶ。
影からモヤが立ち上り、徐々に人型になっていく。
まさに私の悩みの種である。けれど、この子が悪いわけではない。この子は悪くないのだ。
どちらかといえばこの子を御しきれない私の問題であり、闇の精霊への風当たりとも別の問題だろう。
とはいえ私の生まれと時期を考えるとやはり醜聞であるとしか言えない。
元々闇の精霊は数も少なければ、契約に応じてくれる精霊も少ない。
一方で、闇の精霊の契約者は犯罪者となることが多い。
結果として、闇の精霊の契約者は悪人という風潮が広まっている。
王家の血筋に連なる者の中に闇の精霊の契約者がいると大々的に知られては、国王は選択を迫られることになる。
そこで処分をするという決定をしなかったのが現状だが、それでも私の存在は秘匿されている。
実の子を手にかけるのは非常に好戦的で有名な父王といえど厳しいことなのだろう。
しかし、完璧に隠匿されているわけでもなく、時折漏れた情報を辿ってどこかの間者が襲撃してきたりする。
一番直近では、あの美しい丘への道中で起こった、ライト君が半死半生となった事件がそうだ。
ライト君といる時は自分が普通の女の子のような気分だった。
けれど私は普通の女の子ではないのだ。
非常に上位の闇の精霊との契約者なのだ。
ほとんどの人は私の近くにいるだけで気を病んだり、身体を病んだりしてしまう。
ライト君は何故かそうした影響を受けなかったが、別にいつそういった影響が彼に出てもおかしくはない。
私にまつわる悪影響を解決するには、私がこの子を支配下に置き、魔法も適切に扱えるようにならなければならない。
それができないうちは、やはり誰とも距離を縮めるべきではないのだ。
それができるようになれば、またライト君に会ってたくさんお話をするんだ。
「がんばる」
いつでもちゃんと喋れるように、近頃は独り言を言って声帯に仕事をさせている。
小さく自分に喝を入れる。
がんばるんだ。
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特訓を始めてから半年が経った頃だった。
突如お父様がこちらに来るという報せを受け取った。
お父様、お母様、二人いるお兄様、お姉様、弟妹とはもう長らく会っていない。
弟妹に至っては彼らが二歳、三歳くらいの時を最後に会えていないので、きっと私を見ても誰だかわからないだろう。
他の親族も五年以上会えていない。
会いたいという気持ちは強くあるけれど、それはわがままが過ぎるというものだ。
こうして生かしてもらい、不自由ない暮らしを送れているというだけで多すぎるくらいなのだから、これ以上を望むのは傲慢だ。
家族の方から会いに来るということは、何か問題があったのだろうか。それとも、私の精霊の力が必要になるただならぬ事態が起きているのだろうか。
お父様が来訪するという情報以上何もない。一大事なので理由をあれこれと考えるが、悪いことしか思いつかず気が沈む。
特訓をする気になれない日はお父様がやって来るまで続いた。
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いつもは適度に手を抜いている給仕や侍従たちが見たことないほど見事な働きをしている。中には忙しなく走っている者までいる。
全体に漂う雰囲気から、お父様がやって来ることを悟った。
「本日は陛下がいらっしゃいますので応接間にてお待ちください」
ドアの向こうから、聞いたことがないほど固い口調で聞きなれた声が聞こえた。
お父様がやって来る。
その事実に、否応なく胸が弾んだ。
応接間で小一時間ほど待っていると、外が一気に騒がしくなった。とうとう来たのだ。
その喧騒は徐々に大きくなり、正門が開かれ敷地内に王族専用の馬車が入ると段々といつも通りの賑やかさに戻っていった。
そわそわしながら待っていると、
「いらっしゃいました」
ドアの向こうから聞こえる。
間もなくドアが開かれ、豪奢な刺繍の施された見事な装いの、荒々しい金髪に二房赤髪の混じった精強な容貌の男――お父様が姿を現した。
「久しいな、ミライエ」
「お久しぶりでございます、お父様」
少し近づいた時にお父様は顔に苦悶の表情を浮かべていたが、私に悟らせないよう堪えているようだった。堪えられるという事実が、お父様が並々ならぬ精神力を持っていることの証左だ。
可能な限り距離を取るために、長いテーブルの両端に互いに座る。
「息災だったか?」
「はい、おかげさまで不自由なく過ごしております。お母様はお元気でしょうか」
「ああ、変わらぬよ」
当たり障りのない会話の後、沈黙がテーブルの上に横たわった。久しぶりに会ったお父様とどんな話をすればよいのだろうか。話したいことはたくさんあるはずなのに、何も喉を通り過ぎない。
「今日ここに足を運んだ理由だが、確認しなければならないことがあってな」
そう前置きをすると、お父様は話を続けた。
「王都に魔人が現れたというのは知っているか?」
「はい、詳細まではわかりませんが存じ上げています」
「その魔人は推定深度第五層」
魔人は深度という指標で脅威度が分類されている。層が浅ければ浅いほど脅威度が低いが、といっても第一層ですら恐るべき存在であることに変わりはないという。
史上最大深度は第七層とされており、かつてこの大陸を支配しかけた魔王だ。
そう、伝承に残る魔王ですら第七層なのだ。第五層の魔人が現れたのであれば、王都の戦力を総動員しなければ勝ち目はないだろう。
「もっとも、その魔人は既に討伐済みだ」
ということは、王都の戦力によって撃退できたのだろう。
「たった一人によってな」
「一人、ですか……?」
それほどの武芸者が王都にはいるということか。私はお父様の前で驚いた。
「その者の願いでな、人を探して欲しいと」
「人探しですか?ですが私ではお力になれません」
私に人探しの術はない。そんな有益なことができれば、きっと闇の精霊もいまよりよほど重宝されていたことだろう。
「いや、その探し人というのがおそらくミライエ、お前のことなんだ」
私にそんなお強い知り合いはいない。そもそも知り合い自体ほとんどいない。ほとんどというか、一人しかいない。
目を点にする私にかけられた言葉に、私は驚きすぎて頭が真っ白になってしまった。
「ライト・ストラーグというお前くらいの年頃の男を知っているか?その者が褒美としてお前を探して欲しい、と」
「えっ、ら、ららら、ライト君!?」
お父様の口からライト君の名前が出てくるとは思わなかった。いや、しかし待て、ライト君と同一人物かはわからない。ただの早とちりかもしれない。たまたま名前が同じだけかもしれないし。
「と、取り乱しました。その、ライト・ストラーグという方の特徴を伺っても?」
「これくらいの背丈に、金髪で、肉体はそこそこ鍛えられていたな。ああ、それと、あの目は存外気に入った、あの真っ直ぐな琥珀の目さな」
何をどう捉えてもライト君の特徴にしか思えない。根掘り葉掘り聞いてみたけれど、ライト君であるという確証が深まるばかりだった。
「その様子だとこれ以上聞くまでもなさそうだな。ミライエ、お前はライト・ストラーグを知っているな?」
「はい。知っています」
「会いたがっていたが、会う気はあるか?」
ライト君が私に会いたがっている?それが本当だとしたらどれほど嬉しいことか。
「……いえ、会う気はありません」
「そうか。何故だ?」
「私が闇の精霊の契約者だからです。ダクラス・ナクラスをコントロールできるようになるまで、会わないつもりです」
その決意を示すと、今度はお父様が驚く晩番だった。
「向き合い始めたのか。そうか。子の成長は早いと言うが……」
呟いたお父様の口角が僅かに上がっていた。
「それはライト・ストラーグの影響か?」
「いえ……はい、そうです」
なんだか無性に恥ずかしくなって否定しようとしたが、否定するのはおかしいと思い直し肯う。
「親として思うところがないわけではないが、あのミライエが前を向くきっかけになったのなら、悪いやつではないのだろうな」
「ライト君はとっても暖かいです」
「前髪を切ったのもそうか?」
「目が綺麗と言われたので」
「あの小僧め、見る目だけはあるようだな、まったく」
私に聞こえない小声で何かを呟いていた。
「悪いが、我はもう戻る。息災でな」
お父様が立ち上がり、ドアに向かう。私の近くにいるのに限界がきたのだ。ライト君やあの侍従のように、お父様は私の精霊の影響を受けていないわけではない。影響を受けながらもそれを我慢しているだけ。
「お忙しい中ありがとうございます。会えて嬉しかったです」
「精霊の制御ができるようになったら伝えてくれ」
「はい」
「精霊の扱いのコツはな、精霊の望むものをチラつかせることだ」
別れ際にそんなアドバイスを残して、お父様はドアの向こうに消えていった。
お父様を送った私は先程までお父様の座っていた椅子に座る。
なんだかわからないことがいっぱいだ。
ライト君が魔人を倒したというのが何より信じられない。失礼だが、彼にそれほどの力はないはずだ。
いや、一つ見落としていた。
ライト君はあの時一度死んでいたはずだが、おそらくは彼の契約精霊の力によって回復した。
あの時と似たような力が働いたのだとすると合点がいく。
そのあたりの話も詳しく聞きたかったが、時間切れとなってしまったので仕方ない。
今度ライト君かお父様に会えた時の会話のネタとして取っておこう。
そのためにも特訓をしなければ。
落ち込んでいたモチベーションが百二十パーセント復活し、ますます励むこととなった。
本話で1章というか序章の終わりです。
続きを書くかはなんとも言えないので一旦完結とします。
お読み頂きありがとうございます!




