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13話:憑依


体に致命傷の穴を開けたライトの体は脱力され、涙に濡れたアラナに抱えられていた。


バルサートの応戦虚しく魔人に捕縛され、アラナたちの方に非情にも近寄ってきている。


自分の時間だけが止まったように体は動かない。だが、心臓は早鐘だ。


魔人の視線に体の隅々までを支配されているようだ。

隣にいるガリアードたち四人もアラナと同様だった。


無理もない。第五層の魔人など、近年出現していない。

もはや書物に残るのみとなったはるか昔の勇者が打倒した、世界を震撼させた恐るべき魔人の王で第七層なのだ。

第五層の魔人がここまで知られずにいたという事実も疑問が残るところである。

第五階梯の契約者だとしても一人では討つことのできないほどの魔人を前にして、動けないことを嘲るのは些かものを知らなさすぎるというものだ。


異常に長く捻れた指の数は人のそれと同じ五本。

それがアラナの顔に覆い被さる。


アラナはもはや眼前に迫った死を感じた。

この手の平は真っ黒な死だ。

アラナは最期にと、指の間から愛しい幼馴染みを見た。






ライトの身体は淡く輝き、背中から一対の翼が生えていた。

かと思うと、アラナの顔を覆っていた死は過ぎ去り、地面に落下した。



▼▼▼▼▼



「お、オまえはシにユくハズ……ドウいうコとだ?」


両手を失ったツバイティギリはライトから距離を取り、先程までの余裕が一切なくなった様子で問いただす。


「醜く堕落した同胞は、救済されなければ浮かびません」


それはライトの声であるはずだが、まったくそうではなかった。

中性的で、静謐な声。


「救済されゆく貴方に、名乗りましょう。ご主人様、この肉体の持ち主と契約しているフェイです」


ライト——フェイは右手を掲げる。


ライトの背丈より長い光の槍が形成される。

一本だけではない。二本、三本と増え、最終的には七本となった。


掲げた右手を、ボールを投げるように下げると、手に連動して光の槍が射出する。

すべて魔人に狙いを定めている。


「ガっ!?」


魔人の四肢と胸と腹、額が光の槍に貫かれ、空中で磔になる。ツバイティギリは苦悶の表情。


「それほど深く同化していては戻れまい。せめて安らかに眠りなさい」


フェイの両翼が拡張し、磔にされたツバイティギリを槍ごと包み込む。

翼の大きさが元に戻ると、フェイの足元には人間の遺体が転がっていた。


「あるべき理に還りなさい」


遺体から何かが抜け出し、虚空に溶け出していく。

そうして呆気なく、第五階梯の契約者ですら翻弄した第五層の魔人を対処したのだった。





ライトの体から翼が消え、纏っていた光も消えると、目を瞑ったまま何かに支えられているかのようにゆっくりと倒れた。



▼▼▼▼▼



その光景を動けず目撃していたバルサート学院長は愕然としていた。

第五層の魔人をあそこまで容易く討伐できるほどの力は圧倒的すぎた。

彼の長い契約者としての人生の中でもあれほどの力は五指に入るほど圧巻だった。


「あの輝きは……」


長い生涯で一度しか見たことがないが、あの鱗粉のような輝きは最上級精霊特有のオーラのようなものだ。

つまり、この生徒は最上級精霊と契約を交わしていることになる。


しかし、学院の生徒で最上級精霊と契約していた者は過去を遡ってもいない。

魔人によって本来の力が引き出されたことを喜ぶべきか。


それと同時に。バルサートには純粋な歓喜があった。

魔人の捕縛を解かれたバルサートは眠るライトの体に触れる。ライトの体がにわかに浮かび上がった。


個人的な感情は置いておき、倒れる生徒をいつまでも地べたに寝かせていくわけにはいけない。


「君たちは修練場に向かいなさい」


巻き込まれた四人へと声をかける。修練場には学院の教員と避難した生徒が集まっているはずだ。


この場を立ち去る前に、魔人だった遺体を見る。


魔人特有の真っ黒な肌や角は見当たらない。ただの人間の死体があるだけだった。


普通、魔人は死んでも元の肉体には戻らない。

このカラクリは、この生徒の契約精霊によるものだろう。


バルサートは好奇心をくすぐられるとともに、この若人の将来を思うと手放しには喜べなかった。


きっと困難な道が彼を待ち受けているだろう。

魔人の亡骸に結界を張り、バルサートはライトとともに学院の中に消えていった。



▼▼▼▼▼



バルサートはライトを医務室に運び込み、ベッドに寝かせていた。


たしかに魔人に貫かれていたはずだが、肉体の欠損はどこにもない。


安らかに吐息をたてており、規則正しく胸が上下している。


バルサートは手近な椅子に腰を下ろした。


「よもや最上位の精霊とな……」


もはや学院長の頭には魔人のことなどほとんどなかった。

若き契約者だった頃に出会った最上級精霊との契約者を思い出す。


「やらねばならぬことは多いが、ともあれ誰も死なずに魔人を退けたことを祝うべきじゃな」


張り詰めていた緊張の糸が途切れ、深いため息をつく。

そうして落ち着かせていると、医務室のドアが勢いよく開いた。


「っが、学院長!ライト・ストラーグは無事ですか!?」


入ってきたのは学院の教員であるキュリエラ・ソートである。自身の担任する学年の生徒の身を案じてのことだろう。

バルサートは彼女の姿勢に感心しつつ、


「こやつなら無傷じゃよ。なんの心配も要らん。何せ最上級精霊の契約者らしいからのう」

「何を仰っているのですか?彼の契約精霊は微精霊ですよ?」

「うむ。儂も学院に最上級精霊の契約者がいるなぞとは聞き及んどらんし、いたとすれば国中話題になってもおかしくない」

「やはり、昇華でしょうか」

「じゃろうな。微精霊から最上級精霊へ昇華するなど前代未聞じゃが。それか契約の重複かの」


とはいえ多重契約は精霊の昇華より前例が少ない。何せ実例はバンガード王国初代国王くらいしかいない。


「いずれにせよ、こやつが最上級精霊かそれに近い位階の精霊と契約しておるのは確実じゃ。何せ儂ですら歯が立たなかった魔人を瞬殺したからのう」


ソートは学院長のその言葉に驚愕する。

バルサート学院長は学院で最も権威のある契約者であるし、実力も魔法だけで見れば近衛隊レベルだ。

そんな学院長を上回るほどの力が、ライトにあるというのはにわかに信じられなかった。


「されば、厳しい道のりになろう」


バルサートは独りごちる。


強力な精霊と契約を交わした者は、それに比例して苛烈な人性を送る運命になることが多い。

これはバルサートの経験論によるところもある。

いずれにせよ、最上級精霊との契約者ともなれば、英雄になることを強制される宿命もあるだろう。


第五層の魔人を単独で倒したとなれば既に英雄か、とバルサートは白い髭の下で笑った。






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