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6・花屋の娘は心配する

 

「ディアンちゃん、今日はありがとうねー。みーんな、とっても喜んでいたわー」

「どういたしまして! 花壇で分からないことがあったら気軽に呼んでくださいね。それじゃあ、また!」


 今日は花屋の店休日。特に用事もなかった私は、教会で子供たちと一緒に花壇作りをした。

 シスターが教会の一画に花壇を作りたいとお店へ相談に来たのは一週間ほど前のこと。両親も交えて話し合った結果、私が主体になって花壇を作ることに決まった。

 大きなお祭りが近くなってきた今、お父さんはお祭り用の花の調整で忙しいし、お母さんもお祭り用の加工品作りで手一杯。それに教会は個人的に大変お世話になった場所だから、少しでも恩返しをしたくて。

 この教会では近隣の子供たちに無償で勉強を教えていて、私も読み書きと計算を教わった。ここのシスターと神父様はみんなの恩師なのだ。


 花壇は教会に併設された孤児院の子供たちがお世話をすることになっている。だからあらかじめ子供たちにはどんな花を育てたいか聞いてもらって、今日はリクエストされた種を植えたのだけれど。

 ……気付けば家庭菜園みたいになってしまったのは、ちょっと予想外だった。それも子供たちたっての希望で。ここの孤児院は苦しいわけではないはずなんだけど。

 シスターは苦笑していたけれど、みんな喜んでいたからまあ良いでしょう。自分たちで育てたお野菜を自分たちで食べるというのも良い経験だ。

 でもせっかくの花壇だし、花がかわいくて育てやすい野菜って何かあるかな。八百屋の奥さんに相談してみよう。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと見慣れた曇天を見つけた。

 今日は人に囲まれていないからか、色濃い灰色曇天を背負っているだけの土砂降り騎士様だ。

 自然に声をかけようとして、寸前でなんとか我に返って思い留まる。人嫌いの土砂降り騎士様に声をかけるのは、迷惑にならないだろうか。

 でも最近の交流を考えると、見かけたのに声をかけずに立ち去るのも失礼な気がする。


 どういうわけか、露天市の時に毎回姿を見かけるようになった土砂降り騎士様。それどころか、時々人がいないタイミングで話しかけてきて、ミニブーケを買ってくれたり、お菓子をくれたりするようになっていた。

 これはもう、あれだ。私、土砂降り騎士様に気に入られているな?

 自意識過剰の可能性もあるが、少なくとも心のお天気を見ている限りでは、嫌われていない。

 ほぼ毎回騎士様に会うものだから、露天市には白百合を持って行くのが癖になってしまったくらいだ。

 お父さんにお願いして、露天市の日には一輪だけ、必ず白百合を用意してもらっている。騎士様が会いに来た時はそれをあげるし、来ないときはせめて安らげるように、見えやすいようにと、自分の髪に百合をさした。

 ……いや、だって、騎士様が言うんだもの。会えない時は髪に百合をさしてくれないかって。それを目印にして、君を探すからって。

 言いながら私の髪に百合をさして、ふんわりと笑ったんですよ、あの騎士様。さすが花纏いの騎士様、女性の扱いをよく心得ていらっしゃる。

 そんな土砂降り騎士様は、人目がある時は絶対に近付いてこない。おそらく、私に注目が集まって迷惑にならないように気をつけてくれているのだと思う。

 それくらいは気にかけてもらえる存在なのだから、声をかけても許される程度には、気に入られているはずだ。たぶん。

 ……迷惑そうにされたら、そそくさと立ち去ればいいよね。


「騎士様、どうしたんですか?」


 悩みを吹っ切って、なんだか不機嫌というよりは悩んでいる様子の背中に声をかける。

 彼は振り返って私に気付くと、暗い灰色曇天を一気に吹き飛ばして、真っ白な雲の隙間から透き通った快晴を見せた。

 んん? 今日は私、お花を持っていないのに、その反応、なに?


「君か。今日はかわいい格好をしているな」

「え」

「似合っている」


 恥ずかしげもなく、そんなことを言う騎士様。面食らって言葉が出ない私。

 な、何を言っているんだ、この人。


「どうした?」

「い、いえ……!」


 心のお天気を見ても、彼は至って平常心である。もしかして、無自覚? それともそういう社交辞令を開口一番に言うのが貴族の嗜みなの?

 わ、分からん……! 分からんから深く考えないぞ……!


「私のことはともかく! 騎士様は何を見ていたんですか?」

「今度知人に祝いの品を贈ることになったんだが、何がいいかと悩んでいた」


 騎士様が見ていたのはギフトショップのショーウィンドウ。そこにはたくさんの贈答品見本が並べられている。それらを眺めて、何がいいが分からず困っていたと。


「ちなみに何のお祝いです?」

「婚約祝いだ。花は君に頼むつもりだが、花だけでなく他にも何かあげたくてな」

「なるほど」


 婚約祝いか。そしてさらりと、うちのお花を贈るつもりだって言ってくれた。お父さんの育てた花はとっても綺麗だもの、嬉しいなぁ。


「あ、だったらお花に合わせた小物を贈るのはどうでしょう? うち、お母さんが花を使った雑貨を作っていて、そっちも評判がいいんですよ」


 提案してみれば、騎士様は嬉しそうに頷いた。


「では、贈り物一式はすべて君に頼むことにしよう。詳しい話は後日、店へ相談に行く」

「分かりました。ご来店、お待ちしておりますね」


 悩み事が消えたからか、騎士様の天使の梯子が光り輝く。ま、まぶしい。


「君は何処かへ行った帰りか?」

「はい、教会で子供たちと花壇を作ってきたところです。まあ、花壇というよりは家庭菜園みたいになっちゃったんですけど」


 何を植えたいかのリクエスト一覧を見たとき、花じゃなくて野菜の名前ばかり挙がっていて驚いた。なんとも将来有望な子供たちである。


「教会には騎士団も世話になっている。花壇に限らず、男手が必要になったら騎士の詰め所まで来てほしい。みな喜んで協力する」

「ありがとうございます。シスターに伝えておきますね」

「ああ」


 教会にいる男性はちょっとお年を召した神父様ひとりだけ。シスターはかなり強かなので、そう言ってもらえたなら遠慮なく頼ることだろう。


「そういえば騎士様、今は珍しく一人ですね。休憩中ですか?」

「いや、もう退勤している。夜勤だったから早上がりなんだ」

「そうなんですね。お疲れさまです!」


 びしっと敬礼して見せれば、騎士様は笑って敬礼を返してくれる。


「君もご苦労だった。ゆっくり休むように」

「はい。騎士様も帰ったらゆっくりしてくださいね」

「ああ、ありがとう」


 ……まさか、あの土砂降り騎士様とこんな風に笑い合う関係になるとは。人生本当に分からないものである。


「このまま真っ直ぐ帰るところか?」

「そうですよ」

「ならば送っていこう」

「いえ、結構です」


 騎士様の申し出を笑顔でばっさり断る。ぴきっと騎士様が固まった。


「騎士様はお仕事帰りなんですから、早く帰って休むべきです。まだ明るいですし、お気遣いなく」


 それに騎士様と二人で歩いているところを、取り巻き女性陣にでも見られたりしたら……想像したくない。今こうして話をしているのも、実を言えばびくびくしている。


「……、そうか」


 騎士様はいつもの真面目な顔で頷いたが、心のお天気は灰色がかった厚い雲で覆われている。……内心とってもしょんぼりしているぞ、この騎士様。

 これは自惚れじゃなく、完璧に、私のことを気に入っているな?


「騎士様って、私のこと、本当に気に入ってるんですね」


 驚きすぎて思わず本音がぼろりしてしまった。

 あ、やばい。

 そう思ったのと、騎士様に特大雷が落ちたのは同時で。

 心のお天気に音があったなら耳をつんざく轟音がしたであろう、ものすごい稲妻だった。

 一体なにがと驚愕する私の前で、騎士様のお天気が急変していく。

 もの凄い暴風雨なのに雲の色は白くて、雲間から空が見えたり消えたりしていて。かと思えば一瞬で雲が消え去って抜けるような青空を見せ、しかし次の瞬間には入道雲が空を覆って雨を降らせたり。

 これはもう、分かりやすく大混乱に陥っている。顔や態度にそのカオスっぷりは全く出ていないけれど、心のお天気は非常にやばいことになっている。


「用事を思い出した。送ってやれなくてすまない、私はこれで失礼する」

「あ、はい」

「くれぐれも気を付けて帰ってくれ。それでは」


 表面上はいつもと変わらない様子で、しかしかなりの早足で騎士様は去っていった。


「……一体なんだったんだ」


 思わず呟いてしまう。あの尋常じゃない心の動き、心配だ……。

 

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