2・花屋の娘のうっかり
本日2話目
次の日、エリスロス様からお手紙が届いた。
送れなかったことへの謝罪と、仕事が忙しくてお祭り当日まで会えないことをひたすらに謝る内容だった。
そんなに謝らなくていいのに、というくらい目一杯に綴られた謝罪の言葉。目の前にいたらまた土下座されていたんだろうなと、容易に想像できるくらいだ。
本当に生真面目な人だなぁなんて苦笑しながら、私はお返事を書いた。
両方とも謝罪は必要ないこと。私もお祭りの準備でとても忙しいこと。こまめに連絡は取れないから、当日はとりあえず夕方に待ち合わせをしませんかと提案してみた。
お返事を出したその日の夕方。エリスロス様から短いお返事が特急で届き、お祭り当日の夕方に、お店に迎えに来てもらうことになった。
お祭り、楽しみにしています。
俺も楽しみにしている。
そんな短い手紙のやりとりを最後に、その後は忙しさに追われてお互い連絡を取り合うこともなく。
……気付いたら、もうお祭り前日の夜だった。お店でお祭り準備に追われていたというのに、自分の準備はまったく手つかずの状態である。
あまりの忙しさで忘れていたけれど、あの花纏いの騎士様と、二人きりでお祭りを回るんだよね?
……私、無事でいられるだろうか。
敵意や悪意、下手すれば殺意が向けられることは、エリスロス様の手を取った時から覚悟していた。だけど実際に、その状況を目の前にするとなれば話は別だ。
相手は美術品が如き美貌を持つ花纏いの騎士様。それでなくとも不釣り合いなのに、気の抜けた格好をしていったら……本気で身の危険を感じる。
どうやっても釣り合うことはないとはいえ、だからといって努力を怠るのは論外だ。……私だって、好きな人には可愛いと思ってもらいたい。
既に夜も遅く、お店はもう閉まっている時間。手持ちから最大限可愛いものを選ぼうと、慌ててクローゼットをひっくり返したんだけど。
「どうしよう……」
お祭りに行くということは歩き回るということ。ならば同じ動きやすい服装で行くべきだと、私は思う。
でも手持ちの動きやすい服は、もう見るからに普段着。デートにこれってダメでは……。
かといって、繊細で可愛い服は動きにくい。そもそも、大人で貴族なエリスロス様と釣り合う服なんて、花屋の小娘が持っているはずもなく。
明日は星月の祝花祭。月の女神と旅人の青年の神話が元になっているお祭りで、恋人同士なら女神さまと旅人の仮装をするのが定番だったりする。
だけどエリスロス様とそんな打ち合わせをしていないし、今から手紙を書いたところで間に合わない。
せめて、せめてあと一日早く気付いていれば……! 連絡をとるなり服を買いにいくなり出来たのに!
「ようちゃん、今だいじょーぶ?」
手持ちの服から二着まで絞り込み、うんうん唸っていたら、ノックの音と共にお母さんの声がした。
そうだ、お母さんにも聞いてみよう。
「大丈夫だよ、どうぞ!」
返事をすればにこにこ笑顔のお母さんが部屋に入ってくる。……その手に服を持ちながら。
「ふふふ。ようちゃん、悩んでるだろうなぁって思ってねぇ。お母さんから、プレゼントをあげようって思って」
はい、と差し出された服。受け取って広げてみると。
「これ、旅人の衣装?」
生成りのシャツ。黒のズボン。藍色のマント。
この三つは旅人仮装の定番アイテムだ。これに花で飾ったランタンを持てば仮装は完成になる。
「そのままだと可愛くなかったから、ちょこぉっと、レースとかリボンとか、つけてみたの。可愛いでしょう?」
見ればシンプルなシャツの袖や襟にはささやかなレースがついていた。マントも大きめのリボンがついていて、女の子らしい感じになっている。
「可愛い。とっても可愛いけど……」
普通は私が女神さまの仮装では……と思ったけど、エリスロス様を思い浮かべて納得した。うん、私が旅人ですね。
「可愛いけど一応男装になっちゃうし、エリスロス様、引かないかな……?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。絶対に、だいじょーぶ!」
「なんでそんなに自信満々?」
「だって、木の葉はぁ、森に隠すものよ?」
「?」
「ふふ、お母さんを信じなさいなぁ」
お母さんがくれた服と、ベッドに並べたふたつのワンピース。どちらがお祭りにふさわしいか、深く考えるまでもない。
「あの、お母さん」
「なぁに?」
「ありがとう。これでお祭り行くね」
「どういたしましてぇ。騎士様とのデート、楽しみねぇ」
「う、うん……」
楽しみ半分、怖さ半分。正直、素直に楽しみとは言えないんだよなぁ。
「デートいいなぁ、デート。わたしも、うーくんとデートしたかったなぁ」
「え、今年はお父さんとデートしないの?」
「そうなのぉ。用事があって、お祭りにはいけそうにないの……おみやげ、楽しみにしてるわねぇ」
「分かった。お母さんの好きな鈴カステラ、買ってくるね」
「わーい、ありがとうー」
毎年お祭りデートをしているお母さんたちが珍しい。なら、二人の分までお祭りを楽しんでこないとね!
……楽しめると、いいなぁ。