1・花屋の娘のその後
本日1話目
街中に飾られた、きらきらと輝く花の形をした灯り。
月の綺麗な夜空から降る、たくさんの流れ星。
私の手を引いて走る、真っ白なローブとヴェールを纏った女神さま。
現実味のない、夢のようなシチュエーションだけど、幸か不幸か、これは夢じゃない。
周囲に人がいないことを確認して、女神さまは足を止めた。
「ディアン、大丈夫か?」
女神さまから聞こえてくる声は、私の大好きな人の声。
……とんでもない美声だけど、間違いなく男性の声だ。
振り返った女神さまの顔は目深に被ったヴェールで見えないけれど、その下にあるのは整いすぎた美貌だと、私は知っている。
私は女神さまへ返事をしようとして。
「げほごっほッ!」
盛大にむせた。仕方ない、だって現役騎士様の全力疾走に、一般市民の私がついていけるわけもなく。
どうして、こうなったんだろう。
そんなことを思いながら、私は幻想的な星空を見上げたのだった。
***
花纏う騎士様からのお祭りへのお誘い。それに承諾したあとのこと。
嬉しそうに笑っていたエリスロス様ははっとした顔になり、そっと私の手を放して。表情を正して真面目な顔になり、両膝をきちんと揃えて地面につけたと思ったら。
「ディアン。あのような態度をとって、本当にすまなかった」
お手本のような、とても見事な土下座をした。
花纏いの騎士様が、地面に額を擦りつけて、庶民の小娘に謝り倒している。
悪い意味で現実離れした光景に、盛大に顔がひきつった。
さっきまで花が舞い踊っていた心のお天気はどんより真っ黒曇り雲に。豪雨一歩手前の大雨を背負い、目の前で土下座を続ける美貌の騎士様。
心から後悔していて、心から謝罪しているのは分かる。分かるんだけど。
「あの、顔を上げてください。もう怒ってませんから」
「本当にすまなかった。あんなことをしておいて、許してほしいとは言わない。だが、今後あのようなことは一切しないと誓う。この誓約だけは、信じてほしい」
「謝罪は受け取りますし、そもそも許しますし、もちろん信じます。だからですね、顔をですねぇ……」
「君の優しさに、心からの感謝を。その信頼を絶対に裏切らないと、最愛の君自身に誓おう」
「は、はぁ……。あの、もろもろ受け取りますので、そのぅ……早く顔を上げてくださいぃ……!」
あの芸術品たる美貌を、そんな豪快に地面に擦りつけないでほしい。本気でいたたまれない。もしあのご尊顔にちょっとでも傷がついたら周囲の反応が……やだやだやだ、考えたくない!
早く顔を上げて欲しいのに、額を地面につけたまま微動だにしないエリスロス様。ああもう!!
「エリスロス様! 私は顔を上げてくださいって言ってるんです!」
ぐいっと腕を取って引っ張ると、驚いた様子でやっと顔を上げてくれた。土はついているけれど、顔に傷はついていないようだ。一安心。
「まったく……仕方のない人ですねぇ」
スカートのポケットからハンカチを取り出して、顔についた土を拭ってあげる。
「確かに、突然避けられて、冷たい態度を取られて。傷ついたし、怒ったりもしました。だけど、何か理由があるんだろうなって、分かりましたから」
あの時は私も余裕がなくて察せなかったけれど、心のお天気のおかしな動きからして、何かトラウマがあるのだろう。
「詳しくは分からないけれど、何かを思い出させてしまったんですよね。辛い思いをさせて、ごめんなさい」
「君は何も悪くないっ! すべて、俺が悪いんだ……!」
「私だって、好きな人をこんなに苦しめたんです。だから、私にも謝らせてください。それで、この話はもうおしまいにしましょう」
この話はこれで終わり。終わったことをひたすらに謝る、この不毛な時間を続けるよりも、今は。
「私、そろそろ帰らないと、お母さんの雷が落ちちゃうので」
あの護衛騎士っぽい人に向かって。
行きはともかく、さすがに一人であんなお貴族様用の馬車に乗るのはご遠慮願いたい。庶民には心臓に悪すぎる。
騎士の詰め所からモンステラ生花店まで歩いて帰ることを考えると、そろそろここを出ないと暗くなってしまう。
「どういった経緯でここに来たかは分からないが、殿下が関わっているなら帰りの馬車を待たせてあると思うが」
立ち上がり膝についた土を払いながら、エリスロス様が言う。
でん、……いやいや私は何も聞いていない。聞いていないぞ。
「いやぁ、あんなすっごい馬車にひとりで乗るのはご遠慮したくてですね……」
「? 一人ではないぞ」
「え?」
「俺が君を一人で帰らせるとでも? 送るに決まっている」
「いえ、それは結構です」
あ、つい断ってしまった。ああ、エリスロス様がすごくしょんぼりしてる……全身でしょんぼりしてる……!
これ口に出してないけど、やっぱり許してもらえないのか、とか思ってるよね絶対に。
「…………、よろしく、おねがい、します」
ぱぁっと顔を輝かせて、その神懸かった美貌で、盛大に喜びを素直に表現するエリスロス様。
ああ、はい。私の負けです、私の負けでいいです。
……と、送ってくれる気満々だったエリスロス様ですが。
この後、同僚騎士さんが呼びに来てしまい、私はひとり豪奢な馬車に押し込まれて。結局大変気疲れしながら、私は馬車で帰宅したのだった。
予定より大分長くなってしまったので、書き上がり次第、順次更新することにいたしました。
不定期更新になりますが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。