**・美貌の騎士にはみえている
本日2話目
お仕事がんばってくださいね。
そう言って笑った少女のことを思い出すと、それだけでこの強い苛立ちがすぐさま緩和されていく。そのことを強く自覚しながら、エリスロスは小さく息を吐いた。
共に祭りへ行く了承を得たあと。まさかの緊急呼び出しがかかり、まともな謝罪はおろか、家まで送ることさえ出来なくなって。
そんな不甲斐ない自分を笑顔で送り出し、あまつ応援までしてくれた少女。彼女の優しさに感激しながらも、お人好しすぎないだろうかとエリスロスは心配になってしまった。
ひどい態度を取って勝手に拒絶し逃げ出した男だというのに、再会してまず一番に自分の体調を心配してくれた女性。
彼女の優しさに触れた瞬間、それまで心を支配していた恐怖や不安をすべて押しのけて、恋しい愛しいという感情だけが、エリスロスのすべてを満たした。
その結果、謝罪よりも先に祭りへの誘いを口にしていたことは、本当に情けない限りだと思う。エリスロスとしても自分の感情がここまで制御できないのは初めてで、どうしても自分で自分を止めることが出来なかった。
あの時はまず最初に、先日の不躾な態度の謝罪をするべきだったと、エリスロスとて理解している。だがずっと頭の片隅にあった、他の男と彼女が祭りに連れ立って歩くという想像が、どうしても受け入れられず許せなくて。
正式な謝罪は出来ていないから、赦しを得たわけではない。それでも共に祭りに行くことを受け入れてくれた彼女は、やはり心の綺麗な女性なのだろう。
――その胸に咲く、一輪の白百合のように。
「隊長」
「ん? どうした」
「いえ、その……随分と嬉しそうだったので」
廊下で声をかけてきた下級騎士。その胸に咲くのはスミレの花。今は純粋に自分を慕ってくれている素直な青年だが、その思いも他の者のように、いつか枯れ萎れて、腐ってしまうのだろうか。
そんな悲観的な考えが頭をよぎる。だがそれは表に出さず、エリスロスは首を振った。
下級騎士の濁した言い方に、ここ最近の荒れ具合に心配をかけていたのだと気付いて、自制心のなさを猛省する。
「心配をかけたな。すまない、もう大丈夫だ」
「隊長が元気になったなら良かったです!」
嬉しそうに笑いかけてくる下級騎士に、エリスロスは無意識に、ほんの少しだけ、口角を上げた。普段は表情をいっさい動かさない隊長の微笑みらしきものに、下級騎士は目を丸くして固まる。
そんな部下の様子に気付かず、エリスロスの表情はいつもの無表情に戻り。
「王太子殿下に呼ばれているから、今日は王城に行ったあと直帰する。他に用件があるなら紙に書いて執務室に提出してくれ」
「は、はい!! いってらっしゃいませっ!」
なんだか顔を赤くした下級騎士に見送られて、エリスロスは詰め所を出る。最近部下への当たりがきつかったから、疲れているのかもしれない。上に立つ者としても情けないと、エリスロスは若干落ち込んだ。
しかし、それはそれとして。エリスロスは呼び出してきた人物の顔を思い浮かべて、重いため息を吐く。
今日この場所に彼女を連れてきたのは間違いなく、妹の婚約者であり友人でもある、かの王太子殿下だろう。そもそも訓練を終えたエリスロスを引き止める命令自体、王太子からのものだった。
……あいつ、また勝手に城を抜け出して、お忍びで城下に出たな。
心の中でだけ、再びため息を吐く。恐らく、というよりは十中八九、警護担当の近衛騎士たちを撒いたに違いない。
近衛騎士は生真面目な人間が多く、言ってしまうと融通が利かないタイプばかりで。お忍びで連れて行くには彼等は石頭すぎると、盛大な愚痴を聞いたのはいつだったか。
職務に忠実な故に煙たがられ、度々撒かれている近衛騎士たち。こういった日の警護担当騎士らを思うと、心から同情を禁じ得ない。
これは、友人としても騎士としても、王太子に重々説教をしなければならない。そう思いつつも、しかし今日は彼に大きな借りを作ってしまったわけで。
……いつもよりは短めにするか、なんて。
そんな甘いことを考えつつ、エリスロスは足早に王城へと向かうのだった。
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。