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10・騎士様、拒絶


 一通り大泣きして、自分の愚かさをしっかりと自覚して。もう勘違いなんてしないぞと心に誓ったものの、さすがに失恋したばっかりで会いに行こうとは思えず。

 そうこうしている内に、更に一週間が経過した。最初の数日は会ってしまったらどうしようとか、いつも通り振る舞えるかなとか、いらん心配をしていた。

 けれど今はもう一周回って腹が据わった。むしろ何故会いに来ないと怒りさえ覚えている。


「冷静に考えて、ここまで避けられるようなことはしてないよね」


 次に会ったら謝ろうと思っていたけれど、私が謝ることなくない? 思えば最初に様子がおかしかったのは騎士様だったじゃないか。


「私が何をしたっていうんだ……」


 今日は週末だけど露天市の開催はない。近くに迫った大きなお祭りに向けての準備で、どこもかしこも大忙しだから。

 お父さんもお母さんもお祭りの準備でお出かけ中で、両親不在のお店は基本暇だ。忙しければ気が紛れるのに、こういう時に限って暇なのだ。

 カウンターに突っ伏して一人ぶつぶつと呟いていると。


「ディアン、いる?」


 お店に入ってきたのはジョージだった。そういえばあの日以来会ってなかった。用事があるならお店に来てって言ったのに。もしもお祭り用の花の予約なら、もっと早くに来てほしいんだけど。

 なんて思ってしまったけれど、ジョージはこの前のエスコートの件を周囲に言い触らさないでくれたんだった。おばさんのおかげで他に目撃者もいなかったし、感謝の気持ちを込めて丁寧めに接客にしてあげようじゃないか。


「いるよー、なにかご用」

「良かった、いてくれて。この前の話、聞いてもらえるか?」

「いいよ、暇だし。それで話ってなに?」


 身を起こして姿勢を正せば、ジョージは周囲をしっかりと確認してから、きりっと真面目な顔になった。


「どうしたの、そんなに真剣な顔して」

「フルーツ屋のおばちゃんに言われたんだ、おまえには意気地が足りないって。だから、今日はちゃんとお前に言わなきゃって」

「ふぅん?」


 果物屋のおばさんってことは、変なこと言われたのでは? 変な焚き付け方するんだよね、おばさん。

 仕方のないやつだなぁとジョージの言葉を待っていると、外に見慣れた黒雲が現れた。ふよふよと扉の前に現れては消えていく真っ黒な雲。

 もしかして、騎士様が近くにいるの?


「今度、祭りがあるじゃないか」

「……うん」


 どんどんと見える量が増えていく黒雲。こっちに来てるんだ。久しぶりに見る土砂降りっぷりに、懐かしさを覚えてしまう。どうやら通常運転の豪雷雨っぽい。吹雪じゃなくて良かった。


「ディアンはさ、毎年祭りには家族か決まった友達としか行かないだろ? それがずっと、残念でさ」

「うんそれで?」


 さっさと本題を言え、ジョージ。

 今すぐ店から飛び出して騎士様を捕まえたい。そして問いただすのだ、あの猛吹雪になった理由を。惚れた腫れたは別にして、あんな心のお天気を見てしまったら誰だって心配になるのは当たり前だ。

 ……妹分として、友人として、心配するのはおかしいことじゃない。


「もし先約が入ってなかったら、その、そのだな……、一緒に祭りへ行ってほしいんだ!」

「先約があるから無理」


 ようやく結論を言ったジョージに間髪入れず答えると、扉いっぱいに見えつつあった騎士様のお天気が、何故かぴたっと止まった。そしてすすすと、静かに消えていく。

 騎士様が逃げようとしている!?


「先約? え、でもエリーもハンナも今年は約束してないって……」

「無理なものは無理。ごめんちょっとお店見てて」

「あ、ディアン?!」


 ジョージにお店を頼んで外に飛び出す。周囲に騎士様の姿はなかったけれど、私には見えている。裏路地へと消えていく黒雲が!


「騎士様!」


 逃がしてたまるか。

 雲が消えていった路地に飛び込むと、歩き去ろうとしている騎士様の背中が見えた。

 ……なんか、ものすごい豪雷雨なんですけど。通常よりもひどい荒天なんだけど、これ呼び止めて大丈夫なやつ? いや女は度胸だ女は度胸!


「待ってください騎士様!」


 大声で呼びかけると、ようやく騎士様が足を止めた。そして豪雷雨が止んで雲が薄くなったと思ったら、次の瞬間猛吹雪になってしまう。え、私そんなに嫌われてた? どうして急に? 本気で理由が分からない。


「何か用か?」


 騎士様が振り返る。その表情は冷ややかで、視線もとても冷たくて。

 思わずびくりと、体を震わせてしまう。

 呼び止めておいてそんな反応を見せる私に苛立ったのか、より一層強まる吹雪。それを目の当たりにしてしまったから、さっきまでの勢いと怒りがしぼんでいく。


「あ、あの……最近、お姿を見かけないなって、思っていて。それで、何かあったのかなって……」

「なにもない」

「でも、見かけなくなったのって、あの日からだったので、もしかして、私のせいなのかなって思っていて、だから会ったら謝ろうと……」

「あなたが謝る必要はない」


 騎士様が私の言葉を遮って言う。眉間にしわが寄っている顔、初めて見た。美形が怒るとものすごい迫力で、加えて威圧感もすごくて、私は耐えきれず俯いてしまう。


「……最近、祭りの件もあってとても忙しいんだ。だから、あなたのせいではないし、あなたには関係のないことだ」


 突き放すような言い方だった。言っていることは正論だけれど、でも、だからって。

 あなたには関係ない。

 その一言が、胸に突き刺さる。


「……依頼した花と贈り物も、自分で受け取りにいけそうにない。遣いの者を行かせるから、その者に渡してほしい」

「わかり、ました」

「宜しく頼む。それでは」


 騎士様の足音が遠ざかって、やがて聞こえなくなった。私は顔を上げられないまま、その場に立ち尽くすことしか出来なくて。

 依頼されたブーケも贈り物も、彼自身が取りに来ない。それはつまり、もう私に会うつもりはない、と。そういうことだろう。

 私はもう彼にとって、妹分でもなければ、友人でもないようだ。


 ……なにがいけなかったんだろう? なにがいけなくて、騎士様に、嫌われてしまったんだろう?

 悲しくて悔しくて、涙が出てくる。涙がこぼれて落ちていき、石畳の色を変えていく。

 自分の情けなさ、意気地のなさがあまりにもみっともなくて、私はぎゅっと目を閉じた。

 

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