1・花屋の娘は気になる
雨は恵みだ。雨が降らなければ生き物は生きていけない。
世界のすべてにおいて、雨は必要不可欠なもの。けれども、必要以上の雨は生き物を殺す災いになる。
――ならば、あの人の雨は彼の何を殺すのだろうか。
***
「ディアン? なにぼうっとしてるんだい?」
「いやぁ、雨がすごくて……あ」
「雨?」
今日もすごい雨模様だなぁとぼんやりしていたら、屋台のおばさんに声をかけられた。反射的に答えてしまってから、はっとして視線をおばさんに向ける。
案の定おばさんは怪訝そうに首を傾げながら、屋根付き屋台から身を乗り出して、空をじぃっと見上げていた。
「こんな快晴だっていうのに、雨? 天気雨でも降ってきたのかい?」
「あ、ははは……私の気のせいだったみたいです」
「そうかい? 雨が降ってきたら屋根を貸してあげるから、屋台の下に入るんだよ?」
「はい。ありがとう、おばさん」
素直に頷く私に満足したおばさんは体を元に戻し、ふとある人物を発見して、すぐさまにんまりと笑った。どうやら私がさっき見つめていたモノに気付いてしまったようだ。
「あんたぁ? 興味ないない言ってるけど、やっぱり興味あるんじゃないか。それを雨だなんて誤魔化して……水くさいねぇ!」
「何度も言ってますけど、興味がないとは言ってないです。ただおばさんの期待している意味じゃないって言ってるんです」
渋い顔をしながら否定しつつも、ついつい意識をそちらに向けてしまう。だって気になりすぎるもの、あんな見事な豪雷雨。
「じゃあどういう意味なんだい?」
「えーっと、人として?」
「なんだいそれ」
私の答えにおばさんは不満げに突っ込むけれど、私自身どう答えるのが正解なのか分からない。
興味がないわけではないし、そもそも雨のことだって本当なのだ。むしろ雨が降っているから興味がある、と言ったところで理解してもらえないだろう。
あの雨模様は私にしか見えていないのだから、おばさんが変な勘違いをするのも仕方ないことだと、理解はしているのだけれど。
「……あんなに常時人に囲まれ続けて、疲れないのかなぁって、純粋に疑問に思いまして」
考えた末の無難すぎる回答だったけれど、おばさんは納得したように頷いてくれた。
「ああ、そういうことか! 言われてみれば、いつ見ても女たちに囲まれているか、部下の騎士たちに囲まれているか……一人のところを見たことがないわ」
今だってその人物はたくさんの女性に囲まれて、少し離れたこの場所からは顔しか見えない。なお、その顔に浮かんでいる表情は完全な無である。
「今日も大人気だねぇ、花纏いの騎士様は。いつ見ても眼福だわぁ……笑わないのがちぃと勿体ないけどね」
まあそのクールさがいいんだけど、とおばさんは笑う。私もぎこちなく笑い返し、ちらりと彼を見た。
王都中の女性を虜にしてやまない、国一番の美貌を持つと噂される、眉目秀麗な騎士様。
いつだって老若男女問わず、主に女の人だけれど、人に囲まれているその様に、誰が呼んだか「花纏いの騎士様」という通り名が定着してしまった。
そんな華やかな立場の人が、まさか極度の人嫌いだとは、誰も思っていないことだろう。