まんじゅうが怖い
私は大きな総合病院に入院している。
何故入院しているのかわからない。
何か事件に巻き込まれて大怪我をしたらしいという事は担当の医師から聞いているが、それ以上のことはわからないのだ。
刑事らしき人達も何人か病室に出入りし、私に、
「何か思い出しましたか?」
と尋ねて来る。
しかし私は何も思い出さない。そのたび彼らは酷く落胆して帰って行く。
私も申し訳なく思うのだが、何も思い出せないのは事実なので、どうすることもできなかった。
そんな単調な日々が続く中、ある出来事が起こった。
私が目を覚ますと、ベッドの脇のワゴンの上に白い紙製の箱が置かれていた。
何だろうと思い、手に取って蓋を開けた。
中には白いまんじゅうがぎっしりと詰まっていた。
あまりに美味そうなので私は思わずそれを口にした。
美味い。
想像以上に美味い。
私は小腹が空いていたのも手伝って貪るようにまんじゅうを口に運んだ。
気がついてみると、箱は空になっていた。
その時ハッとした。
これは果たして私が食べていいものだったのか?
たまたまここに置いてあっただけで、誰かのものかも知れない。
しかしそんなことがあるだろうか?
私はいろいろと想像し、怖くなった。
その時、看護師が検温のために入って来た。
私はギクッとして横になった。
看護師は箱に目をやったようだが、何も言わない。
まんじゅうの事は知らないようだ。
私はホッとした。
そして検温は終わり、私は気が緩んだせいか、そのまま眠ってしまった。
「どうやら成功のようだな」
医師が言った。刑事の1人が、
「ようやくこいつ、我々が刑事だという事がわからなくなったな。しぶとかったよ、本当に」
「ええ。こいつの好物がまんじゅうだとわかったので、薬入りのまんじゅうを仕込んでおいて正解だった」
薬剤師らしき男が言った。
「人間の記憶を完全に消去する実験は、このような特異な被験者ではデータが採れない。被験者の選択の仕方をもっと考えんとな」
私は呆けたフリをして彼らの会話を盗み聞いていた。
もうまんじゅうは怖くて食えない。
いや、こいつらが出す食事全てが危ない。
私はこのまま芝居を続ける事にした。
しかしいつまで気づかれずに過ごせるか・・・。
不安な日々が始まる。
「先生、これで少しはあの人は甘いものを食べなくなるでしょうか?」
私はマジックミラー越しに夫を見て尋ねた。
「ショック療法ですからね。しばらくは大丈夫でしょう」
医師は微笑んで答えた。
「しばらくは、ですか」
私は夫の「甘いもの好き」はこの程度では衰えないと思った。