1-4 甘い卵焼き
1つの投稿に対する文字数が多いのか少ないのかわからないので、2話目からは少し文字を減らしてみます。
とりあえず、1話目はこれで終わりです。
なんとか人ごみをかき分けて当人たちのところへ出た。
かき分けてというよりは流されて一番前に出てこられたと言ったほうが正しい。
ここまできたのはいいが私にどうやって止めることができるだろうか。後先考えずに行動した結果、こうなることは目に見えていたのに。
目の前では殴り合いが続いている。
……当たって砕けろ?
「や、やめてください!」
案の定、「やめるんだ!」みたいにかっこよく仲裁に入ることなんてできなかった。
若干声が震える。ついでに言うと足もおそらく震えている。
自分でもよくわからない程度には緊張している。
緊張しているし、本音を言うと怖い為感覚が麻痺している。
私のチキンっぷりを露呈してしまったわけだが当人たちはお構いなしだ。
それよりも他の奴に口出しされたことに対し更に血が上ってしまったようだ。
「なんだお前。」
「うるせえ口出しすんな!」
喧嘩していた片方の生徒が殴りかかってきた。
華麗にかわし追撃……なんてのはできるはずもなく、成す術のない私は咄嗟に顔を背け、目をぎゅっと瞑った。
ばきっと殴られた音が聞こえたのだが衝撃がない。
そっと背けた顔を前に戻し、目を開けると私を庇うような形で目の前には綾部先輩が立っていた。
「あ、あや……べっ先輩……?」
その頬は赤く腫れて、口からは血が出ている。
「大丈夫?」
「大丈夫です……じゃなくて、綾部先輩のが大丈夫じゃないでしょう!?」
こんな時まで人の心配をする。やっぱり優しい人なんだ。
昨日の事があったから適当な人だなとか思ってしまったのを取り消したい。自分の不甲斐なさと心の狭さに嫌気がさす。
そんな私の思いを打ち消すかのように綾部先輩は笑っている。
「いやぁ大丈夫じゃないけど……イタタ。これもまた快感かもしれない、新しい扉がこう……開けそうっていうか?」
ちょっと照れながら話しているこの人を見ていると殴られてせいせいしたというなんとも失礼な気持ちがこみ上げてくる。
心配かけまいと言っているのか、本心で言っているのか判断できないせいで申し訳ない気持ちと、気持ち悪いという思いが比例してなんだかよくわからない。
これがなければ普通にいい人なのだがもったいない。
喧嘩をしていた先輩方は綾部先輩を殴ってしまったことによって少し頭が冷えたのだろう。
腕を休めこちらを見てきた。
「……綾部、邪魔すんなよ。」
「え?邪魔するつもりなんか毛頭ないよ、俺は別に君たちの喧嘩に興味ないし。でも早苗ちゃんが言うこと聞かないから……。」
少しいたずらっぽい顔で先輩は私の方を見た。
「うっすみません……。」
「……それに二年にもなってこんなことやめてよね。」
「綾部には関係ないだろ!」
これは生徒会の仕事じゃないと言っていた綾部先輩も諦め模様で喧嘩を止めることに協力してくれるようだ。
身を呈してまで止めてくれた綾部先輩に申し訳ないので私も強気で応戦する。
「そ、その関係ない人も巻き込まれてるってことです!」
「っ……。」
二人共言葉を失ってしまった。
殴り合いも収まり、周りにいた生徒も終わった終わったと足早に教室へ行く。
残っているのは当人たちと私と綾部先輩くらい。
そもそも殴り合いの喧嘩をするほどの理由とはなんなのだろうか。
「り、理由は……喧嘩の理由はなんなんですか?」
二人は顔を見合わせばつが悪そうに口を開いた。
「「こいつが……卵焼きは塩(醤油)派だっていうから……。」」
「は……?」
思わず口に出した。
卵焼き?塩か醤油か?
殴り合うほどの理由か?
「お前も最初は塩だとか言ってたじゃねえかよ!」
「実家が醤油派なんだよ!」
「それが裏切りだって言ってんだよ!」
ほらね、言わんこっちゃないといった顔をしている綾部先輩。
最初からどうせこんなことだろうと思っていたといったところか。
ぶっちゃけるとそんなくだらない理由だったのかと放心状態だ。
しかし、じわじわと別の感情が湧き上がり、だんだんとイライラしてきた。
「……早苗ちゃん?」
イライラしている様子が伝わったのだろう。
「……わ。」
「あ?」
「そんなのどっちでもいいわ!!」
「「「!」」」
当事者たち含め綾部先輩も私の大声に驚いていた。
「そんな卵焼き理由で殴られた先輩が哀れでしょ!?」
先輩を指差し、思っていたことを口に出したらホントに哀れになってきた。仮にも恩人に対して失礼極まりない。
「お、お前それは結構……。」
「ひどいな。」
「ひどいよね、そこがたまらなくいいね!」
喜んでいる綾部先輩は一旦スルーしよう。
話題を戻す。
「そ、それはそうとしょうもないことで喧嘩しないでください!どっちもおいしいとかそんなんでいいでしょう!!」
無理やり話題を戻した。
そもそも喧嘩の話をしていたのだ。綾部先輩が変態だということは今更関係ない。
先輩方は私の言葉に意表をつかれたようで
「確かに……。」
「どっちも……か。」
どうやら納得してくれたようだ。いや、そんな大層なことは言っていないですよ?
こんなスムーズにいくくらいなら喧嘩なんかするなよと思ったことは黙っておこう。
「塩も醤油も……どっちもおいしいってことでいいじゃないですか。それに他にも……砂糖だって美味し……。」
「「は?」」
「!?」
今の内容の中に否定されるような事があっただろうか。
なぜ、は?という返事が返ってきたのかわからない。
「え……何か変なこと言いましたか……?」
「今なんつった?砂糖?」
「え、あ……はい。私は砂糖入ってるやつが好きなんで。」
卵焼きといえばお弁当の定番メニューであろう。
私の弁当はおばあちゃんがよく作ってくれるのだが、卵焼きにそんなに入れるのか!?というほど砂糖を入れる。
砂糖は貴重なもんでな……という昔話をおばあちゃんはよくしてくれて、今現在では簡単に砂糖が手に入るためここぞとばかりに入れたがる。
最初作ったところを見たときは正直引いたが、味になれてしまえばそれが一番に感じてくるものだ。
ただ、ほかの友人に食べてもらったところケーキより甘いんじゃないの?ということを言っていた子もいたので相当甘いのだろう。
私は甘党ということで対して抵抗もないのだが。
そんなこんなで私は砂糖派なのだ。
「「砂糖はないな。」」
先輩方が口を揃えて言った。
「俺は塩派だし、まあ醤油が美味しいのは認めなくないけど砂糖はないな。」
「甘い卵焼きはおかずになんないし。」
「な、なんすでかそれ!」
人それぞれ好みがあるのは仕方ないがなにもそこまで否定することはないだろう。
世の卵焼き=砂糖ファンが絶句しているのではないか。
「お、意見があったな!」
「だな!」
顔を見合わせて嬉しそうにしている先輩方だったが、お互いさっきまで喧嘩していた事を思い出したようではっと視線を逸らした。
そして片方が口を開いた。
「その……さっきは悪かったな。」
「いや俺こそ。」
なんだか腑に落ちない点も多々あるがどうやら仲直りしたらしい。
ホントに私が何一つ得していない。
まあ本来の目的を達成できたのでよしとしよう。
そして時は数日経ち……。
ある日の放課後。
「おーい、三浦ぁ!」
あの時の先輩方二人と廊下でばったり会った。
顔や腕に包帯や絆創膏をしていて、怪我は治っていないようだが二人ともすっかり元通りだ。
「あ、先輩方!先日はすみませんでした……。」
なんだかんだいって結構失礼な態度をとってしまった。
先輩相手に暴言吐いたりタメ口使ってしまったり。
しかし先輩方はそんなこと微塵も気にしていなかったようだ。
「なんでお前が謝るんだよ、俺らのが悪かったんだしさ。」
「そうだそうだ!……というか三浦のたタメ口なんか気にしてなかった。そのあとの出来ごとの方がインパクト強すぎて……。」
「ああ、あれは地獄だったな……。」
先輩方が突然遠くを見つめた。
目が死んでいるといっても過言ではない表情だ。
「ど、どうしたんですか。何かあったんですか?」
二人揃ってこんな表情をするなんてよほどの事があったのだろう。
先生からだいぶお説教されたとか、反省文を書かされたとかそんな話だろうか。
「いや、俺ら綾部殴ったじゃん?」
「そうですね。不可抗力ですけど。」
私のことを殴ろうとしているところに、綾部先輩が来て庇ってくれたので結果的には綾部先輩を殴ってしまった。
その直後は殴られた跡がとても痛々しかったのだが、先輩方と同じでもうだいぶ良くはなっているだろう。
「それで、綾部ってファンクラブがある訳よ。」
「ファ、ファンクラブ?」
初耳だ。
確かに見た目はとても華やかだがファンクラブなんてものが存在するとは。
女子ってよくわからないなと思った。
「そう。で、そのファンクラブから綾部のあの顔を殴った事に対して謝罪をしろだの、綺麗な顔に傷が残ったらどうしてくれるのだの……。まあとにかく、すごい剣幕で怒られた訳よ。」
「あああっ今思い出しても恐ろしい……。女子って怖いんだな。」
いっきに先輩二人の顔が青ざめた。
ガタガタと震えだす先輩方を見て、何があっても綾部先輩の顔を傷つけないようにしようと肝に銘じた。
それと、顔面にファイルを落としてしまったことは記憶から消そうと思った。
とりあえず落ち着こうと先輩方が深呼吸をした。
そして片方の先輩が思い出したかのように話し始めた。
「……あと、三浦が綾部となんで一緒にいるのかと思ったらまさか生徒会長代理だったとはな。」
会長と聞いた途端に少し反応が変わったのが気がかりだったのだが。
改めて生徒会長という立場の偉大さを実感した。
基本的に会長代理なんて関係ないと私は思っているけれど。
「会長代理なんか関係ないです、一生徒として見てられなかっただけっていうか。」
「変な奴だな、まあいいやありがとな。」
「じゃあなー。」
先輩方は手を振って立ち去る。その背中に向かって私も手を振った。
よく変って言われるが変なのだろうか。変って気づかないから変なのか。
とりあえず仮にも生徒会長になったのだ。一応、活動しないにしても生徒会室には行こうと思う。
会長としての仕事はまだ全然できていないし、辞めようとも思った。最近できたことといえば、突っ走って喧嘩を止めたことくらい。
でも一般生徒の私でも小さな問題を解決できたのだ。生徒会長ならもっといろいろできるのではないか。変革を、とかはまだよくわからないけれどもう少し続けてみてもいいのかなとは思うようになっていた。
例の生徒会指導の松原先生に聞いたら、常に生徒会室は開いているから好きな時に使っていいとのことだった。物騒だなとは思ったがそもそも人が行かないからそうでもないのか。
考え事をしながら歩みを進めていたら、あっという間に生徒会室にたどり着いた。誰か、他の役員が来ているのではないかと淡い期待を持ちつつ静かにドアを開けた。
中はこの間片付けたままの綺麗な状態だ。特に誰かがいる気配はない。
ほぼ来ないといっていたのを思い出し、ああやっぱりと思った。
少し残念に思いながら、奥にある長机へ向かった。
入ったときは棚の影になって見えなかったが、そこには綾部先輩が顔を伏せて寝ていた。
いないと思っていたところに人がいたため超絶驚いた。
「おうあ!?あ、綾部先輩!?」
大声で変な叫び声を上げてしまった。
私の声で目が覚めたのか伏せていた顔をゆっくりとあげた。
まだ眠たそうな声だ。
「んあ?早苗ちゃん?……遅かったね?」
「どうしたんですか!?」
自分でも結構早めに来たつもりだが、寝る程度の余裕があるというのはどれだけ早く来ていたのだろうか。
なぜこんなに早くここに居るのか不思議で仕方ない。
目をこすり、伸びをしながら、
「なにが?ああ……一人で待ってるのもなかなか孤独でよかったよ?人いなくて静かで精神的にくるっていうか。でも孤独って誰かに何かされる訳じゃないから……途中から飽きて寝ちゃった。」
「いや、そうじゃなくて!先輩この間面倒だからとか言ってたじゃないですか!」
なんだか綾部先輩相手だとたまにタメ口になってしまう。この人の人柄なのか、嘗められやすい態度をとっているのか……。
「ああ、別に気にしない!仕事しに来てるわけじゃないし!なんか早苗ちゃんほっとけない感じがしてさ?」
危なっかしいとかそういうことだろうか。
先輩としてはダメな後輩を見捨てては置けないとかそういうことだろうか。
「女の子と遊ぶのも楽しいけど、早苗ちゃんといると新鮮でなんだか楽しそうだし!」
頬杖をついたままそういった先輩の顔は本当に楽しそうだ。
「仕方がないから仕事に関しても慣れるまで手伝うよ。」
「ありがとうございます?」
先輩の意図がよくわからない。よくわからないことだらけだ。
これからきっと長い付き合いになるだろうからわからないことが多くてもいいのか。
こうして私のよくわからない生徒会長代理の物語が始まったのであった。
1-1に挿絵というか扉絵を追加しました。
よければご覧ください。
2話以降もたまに絵があると思います。