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視力1.2だったころ

作者: 色素 白衣

「うーん君の視力は両目で0.2。これじゃあ教習所には通えないから、眼鏡かコンタクトを作らないとだね。」


高校生が終わってから始めての夏休みが始まる。

俺は親に言われて自動車教習所に通うことになった。

しかし、車の運転には多少の視力がいるようで、小さな頃と比べて明らかに目が悪くなっていた俺はどうやら眼鏡が必要らしい。

そういうわけで、学校帰り俺は今、帰り道にある眼科を受診しているところだった。


「ずっと裸眼だったんすけどねぇ…」

「まあ誰でもそのうち目は悪くなりますから。眼鏡とコンタクト、どちらをご所望で?」


思えば大学の講義も、前の方でなければ黒板が見えないレベルになっていた。

コンタクトはすぐになくしそうで怖かったので、眼鏡にすると伝えた。


「それでは隣の眼鏡屋へどうぞ。連絡はしておきますので。」


その後は別段特別なやりとりもなく、お金を払ってそのまま眼科を後にした。


----------------


「隣って言ってたじゃん…」


眼科医さんは隣と言っていた眼鏡屋は、眼下のあった隣のビルに入っていた。

7月後半の暑さもそうだが、エレベーターがなかったので階段でここまで来ることになり、ろくな運動もしていない大学生にはかなり応えた。


「つーか今時、エレベーターが無いどころかエアコンも着いてないってどうなのよ…」


日は既にかなり低いところまできているのに、とにかく暑い。

というわけで、さっさと店に入ることにする。


自動ドアが開き、店の中からひんやりした空気が溢れ出て来る。

癒されながら受付を済ませる。

Wi-Fiが飛ばない中ソシャゲで時間をつぶしていると、案外早く名前が呼ばれた。

俺が立ち上がると、近くの店員に奥の部屋へ案内された。


「それではこちらの書類に必要事項を記入してください」


内容は日にどれくらい使うか、とか、どんなデザインが良いか、とかで、さっき眼科で聞かれたものは省かれていた。

さっさと済ませたかった分好都合だと言える。


書類を渡すと、店員は少し待っていてくださいと言って部屋を出て行く。またソシャゲで時間を潰そうかと思ったが、ポケットから取り出して起動したところで帰ってきたので、電源を落としてポケットに戻した。


「レンズを合わせますので、こちらの眼鏡をかけてあちらを見てください。」


向こう側には視力検査の時の、あの食べかけのドーナツのような図形が写っているが、衰えた俺の目ではよく見えない。

左目が隠された眼鏡を渡される。

それをかけてみると…


「おお…」


今までの事が嘘のように、ドーナツの欠けた部分がよく見える。

少し横を見れば、店員の顔もよく見えた。

この人こんな顔だったのか…


「見えますか?」

「ええ、右っすね。」

「はい、次は11番を…」


同じ調子で左目も確認した。

終わってから、店員がいくつか質問してきた。


「こちら今は視力1.2のレンズなのですが、しばらくつけていても大丈夫そうですか?」


視力0.2だった俺にとって、1.2のレンズは、はっきり言ってかなりきつい。長時間かけてると頭痛が襲ってきそうだ。

とはいえ教習のために使うのだから、ずっとかけているわけではない。


「まぁ、多分大丈夫です」


結局レンズの度は1.2で作ってもらうことにした。

30分程でできるようなので、待合室で待たせてもらおう。


部屋から戻って来ると、窓の外の太陽がちょうど地平線に沈んでいくところだった。


「思ったより時間かかったな…」


取り敢えずいすに座って呼ばれるのを待つ。

さっき途中でやめたソシャゲを三度起動。すると唐突になにか良いことが起こる予感がした。

誰でもこういうときはあると思う。そういうわけで、ソシャゲで一回ガチャを引いたものの、特にめぼしいものではなかった。


「ちぇっ、気のせいかよ」


まあこういうのは当たる方がおかしいものなので、深く気にしないようにする。

暇つぶしにレベル上げでもしようと思い、店から名前が呼ばれる頃には10回以上同じステージを回っていた。


「はい、それ俺です。」

「ではこちらですね~」


青い縁の眼鏡と、そのケースが渡される。


「かっこいいっすね…」

「はい!こちらは当店でもおすすめのものでして…」


店員がいうにはこの眼鏡はかなり有名な会社のもので、手頃な価格で人気なのだとか。(俺は知らなかったが)


----------------


お金を払って店を出ると既に日は完全に暮れていた。

蝉の声はあまり聞こえなくなっているが、気温は大して変わっていない。


「あっつ~…」


どうやら俺が入ってきたのは裏口だったらしく、表の方にはしっかりエレベーターがあったらしい。

しかし、自転車を裏口に置いてきてしまったので結局そちらから帰る羽目になっている。二重の意味で損した気分になった。


下につく頃には再び汗だくになっており、分かりにくい建物の構造に怒りを募らせていた。


自転車に跨がると、涼むためにもペダルをいつもより強めにこいだ。


この暑さのせいか外には人が少なく、駅から離れ住宅街にはいると殆ど人とはすれ違わなくなった。


家の近くの公園を通りがかったとき、空から轟音が響いてきた。

どうやら飛行機が飛んできたらしい。


上を見ると、それらしき光が空に見えた。

が、ぼやけていて殆ど見えない。


「っとそうだった。今日はこれがあるんだったな。」


ついさっき買ってきた眼鏡のことを思い出す。

せっかく買ったのだから、試したくなるのは人の性だろう。


鞄からできたての眼鏡を取り出す。

こういうのは意外とわくわくするもので、その心境は、まるで新しいおもちゃを買ってもらえた子供のようだった。


「…」


はっきり言って、大して期待していなかった。

多少は見えるようになるかなぐらいのつもりだった。


「…結構綺麗じゃん」


遠くの空へ、飛行機が飛んでいく様がはっきりと見える。

そして、そのさらに上を数え切れない程の星が照らしていた。

小さな頃にはきっとこれぐらい見えていたのだろう。


「…ハハッ…」


なんとなく、乾いた笑いが出る。

世の中にはこんな風に、まだ見えていないことが山ほどあるのだろう。


そう思うと、途端になんだかわくわくしてきた。


「教習、がんばるか」


少年は、そうして大人になっていく。

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