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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

メタ発言181230

作者: 加農式

「ふぅ……」


 脱稿したことにして、オレは椅子に背中を預けた。

 書き足りないところはある。もっと上手く表現できるだろうとも思う。オープニングからエンディングまで、何度も行ったり来たりした。そのたびに直すところが見つかるが、さっき直したのは──昨日の原稿に戻しただけだ。けっきょく、これが今の実力なのだ。

 BGMを鳴らしていたアマゾンミュージックを切る。70年代のアメリカン・グラフィティを中心に、作品のテーマに近いものを延々と流し続けていた。英語の歌詞が頭のなかでぐるぐる回っている。日本語歌詞の曲を聞かないのは、せめて書くじゃまにならないようにという習慣だ。オレは鳥頭だから、聞いたもの読んだものの癖がすぐに伝染る。日本語で聞いたものを、日本語で書いたら盗作だ。しかし元が英語ならまず大丈夫。なにしろオレは英語の歌詞を理解していない。


 『ラジオドラマ短編小説賞』に応募していた。


 何年も前から準備して挑む、といった賞ではないらしい。

 それでも選考を争う敵、ライバルの作品は気になる。脱稿した気楽さで順番に読んでいこうとする。が、しかし。


 なんだこれは。


 募集要項には3万字以下とあったが、同時に月曜19時~20時の1時間番組と書いてあっただろ。それならCMやトークを除いても40分くらいは必要なはず。そこに千字、2千字のショートショートを出してくるやつは何を考えてる。読了時間5分にも満たないぞ。いくら敏腕脚本家がついたとしても、5分の作品で1時間番組を作るのは無理だ。というか、脚本家が全部書いた方がマシだろう。


 気を取り直して、文字数の多い順で並び替えた。


 上の方から見ていく。けっこう総合ポイントも付いている。おもしろそうだ。読んでみる──読了。気前よく基本5の5でポイントを付け、ブックマークもしてやる。今はライバルであっても、貴重なSF作家だ。絶滅しないように、やる気を失わないように。

 ただ、こいつも募集内容を理解していない。

 演じる声優は、すでに発表されてるだろ。諏訪部順一と内田彩。つまり男声一人、女声一人がメインキャラを演じるってことだ。

 ところが、おまえの作品は、ほぼ男一人で語りきってしまった。南ことりはどこでしゃべるんだ。1時間ずっと黙ってればいいのか。


「卿らは何を考えておるのだ」


 パウル・フォン・オーベルシュタインの声で独りごつ。

 だんだんむかっ腹が立ってきて、床にワイングラスを投げつけた。


「ファイエル!」


 レーザー砲を撃ったわけでもない。もはや意味不明だ。

 飛び散ったのは、さっきローソンで買ってきたコンチャ・イ・トロ。ABC(Anything but Chardonnay「シャルドネ以外なら何でも」)とバカにされる、そのシャルドネの白だ。シャルドネ種を使うと、どのワイナリーが造っても同じようなものになる。コンビニで買っても6百円くらい~。安ワインの代名詞。

 だが偉そうなことは言えない。オレは粗製乱造された異世界モノ、誰が書いても変わり映えしない6百円の文庫本さえ──出していない。出したのはビジネス本だけ。それこそ想像力の欠片も必要とされない分野だ。がっくりと肩を落とす。


 そこへ、かばんを背負った女が入ってきた。


「荒れていますね」

「だって、こいつらひどいんだ」


 泣きながら訴える。

 しかし、女はフフンと鼻で笑い、見透かしたように言った。


「あなたも同じようなものでしょ」

「違う……オレは違うぞ」

「知ってますよ。あなた書いてるとき、女声キャラに声をあててたでしょ?」

「う」なぜそれを。

「誰だか言ってごらんなさい?」

「うう」目をそらす。

「自分で言えないなら私が言ってあげる。イメージしてたのは艦これの加賀さん(CV:井口裕香)か、ReLIFEのひしろん(CV:茅野愛衣)よね」

「そ、それがどうした」開き直った。

「で? このセリフをロリ声で読ませるつもり?」

「で、できらあっ!」オレは鼻水を垂れ流す。「声優さんはな、何だって演じられるんだぞ!」

「ふぅん……」


 悪役令嬢のような顔で見下ろす。


「それじゃあ、どうして『ラジオドラマ短編小説賞』に応募したか、言ってごらんなさい。賞金も出ない。本にもならない。そういう賞に応募した理由よ。正直に言えば、かやのんボイスで書いた件は許してあげるわ」

「そ、それは、作家と声優という、表現者同士のコラボレーションが、だな」

「ウソおっしゃい!」

「ひっ!」オレは失禁した。

「正直に、と言ったはずよ」

「でも、あまりに生々しいことを言うとMBSが機嫌を損ね──」

「要するに、舐めてたから、よね」


 図星を指された。


「応募数も少ないし左手で書いても余裕、とか思ってたんでしょ? だから誰が演じるのかも確認しないで、書きたいものを勝手に書いた。そうよね」次第に涙声になっていく。「それどころか過去作をそのまま出す人までいる。なんなのよ。私のことなんて見てもいないじゃない! もう……皆んな、みんな大嫌いよ!」


 イイネ! その切ないボイス!


 しかし、走り去る彼女に、声は届かなかった。まあ、いい。選考が終われば、誰かが彼女に会うだろう。そのとき、そいつがオレに代わって土下座すればいいことだ。


 さて。


 問題は、これをどうやってSF作品だと言い張るかだ。一般読者に読まれなくても構わないが、書き手には「こう思うんですけど」という気持ちをお届けしたい。「MBSラジオ短編賞1」のタグを付けても、SFジャンルじゃないと検索にもかからないぞ。さっきレーザー砲と書いたが、あれだけじゃなぁ。


 ふと床を見ると、さっきこぼしたワインから、粘菌のようなものがウネウネと這い出した。地上のものとは思えない色をしている。やがて波打ちはじめたソレは、あっという間もなく巨大化し、バクっとオレの身体を包み込んだ。Sはサイエンス。粘菌が出てくれば間違いなくサイエンスだろう。Fはフィクション。この文章の登場人物は、実在の人物とは一切関係ありません。オレは満足しながら粘菌の海に溶けていった。

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