Once in a lifetime chance
Once in a lifetime chance:
そう、「恋=すき」が答えのように、異性と感じた時から今までとは違う心の表現を、ワクワクやドキドキしながら過ごしていたあの頃より、少し成長した心がそのままを受け止めた。
君と初めて出会ったのは1月の冷え込む夜のこと、展示場を眺めていると遠くから近付いてくる足音が聞こえた。
ライトに照らされた笑顔はさわやかでその瞳に見とれていると、小生意気な口調で話してくる君に、愛想良く相槌を打ち返しながらのやり取りをして、瞬く間に一目惚れにはまった彼女。
家までの帰り道、車を運転している彼は二つ年上で背が高く気持ちの優しい自称サーファーで、彼女をとても気に入り寒い夜にも構わず付き合ってくれている。
それなのに『また会いたい』って心の中でヘビロテして充満しているのは、さっき会ったばかりの彼・・・
帰宅してからもずうっと、ベッドに入っても眠れない、翌日のバイトもなんだか上の空で、心が何処かへ出かけている気分の彼女。
なんだろう・・・このざわめきが止まらない。
このまま過ぎ去る出会いだけにしたくないとおもっていて、どうしようもないくらい途惑う心がいる。
だから、こたえを見つけに次の休日電車に乗って会いに行っちゃったんだ。
本人にしてはすごい行動力で、ちょっとビックリしている。
でも、でも、覚えていてもらえる確立なんてゼロに等しいかも・・・なんだけど・・・
お店に着いて展示品を見ていると、近づいてくる影が声を掛けてきた。
「こんにちは、この前彼と来てたよね。今日は一緒じゃないの?」
棘のある言い方をする彼は隣りに並んできた。
「んっ・・・えっ、覚えていたの?」
そう返したら、何故か無言で微笑んでいる彼だった。
「今日はどうしたの? 買いに来たのかな・・・」
(まさか会いたくて来たなんて言えない・・・何て言おう)
「えっ?気になったのがあったので見にきました」 (だよね~)
「そう、じゃあ事務所で話そうか」
事務所の中は小狭いが暖かくて、それにもう一人店員がいたのでほっとした。
名前を聞こうと問いかけると同時に彼は名刺をくれた。
『慧玖瀬佳樹』 と書いてあるが、珍しい名字で読めずにいると、
「フッ、えくぜって読むんだ。あまり読める人がいない」
彼はつまらなさそうに苦笑した。
「そうですねぇ、なんて読んだらいいか難しいかも」
(あれ? この前の小生意気な口調とは違って穏やかだった。
気のせいかな・・・それとも慣れたのかな?)
そんなこと頭の中で考えている間に、彼の仕事はテキパキと段取り良く手慣れたもので、すぐに見積もりを出してくれたのだ。
「まだ名前聞いてなかったね」
「あっ、私の~名前ですかぁ」
差し出された紙に『徠椙瑠奈』 と書いた。
「う、うん・・・これも ね」
「くるすぎです」
ふう~ん,と言いながら、手元の作業を進めた。
「はい、全部込みでこの金額、頭金なしなら月々この金額、頭金をこれだけ入れてボーナス払いを付けるとこれくらいかな」
・・・は、速いと感心し、こんな軽い気持ちで多分欲しかった車を決めたのです。
「じゃあ、申込書とこれが必要書類、今度来るとき持ってきて」と、ざっくりと説明してくれた。
家までの帰り道、覚えていてくれたことが嬉しくて最初から思い出していた。
(初めて会った時のあの笑顔は営業スマイルだったのかな? 彼の優しい瞳に一目惚れしちゃったし、この出会いは運命・・・? 脈ある? それとも通過すべき? 深入りは禁物?
でもあのルックスじゃ彼女いるよねぇ~、 恋かな?これって恋だよね? 今までも恋はしたことあるのに何かが違う気がする・・・ってあれこれ考えちゃう)
『やっぱ初めて買うには高いかな~、一人で決めちゃったけどいいよね~、親には買うって事をまだ言ってなかったな~、あ~、でもまた会えるのはうれしいな』
またぶつぶつ言いながらも気分はとても良かった。
その頃瑠奈はデパートでバイトを始めたばかりで、時給は高くないけど気に入っている仕事。
お客様の案内で外に出られるのが楽しいが、休みは水曜日が多い為友達となかなか合わないのが少しつまらないくらい。
友達と言ってもたくさんではなく、ごく少数との付き合いを大切にする方が合っている。
それに友達がたくさんいるのが人気があるんだって思いこみや、女の連帯感は面倒だと痛感しているので、本心が言えて永久に変わらない関係でいられること、本当に必要な友達は悪友くらいがいいんだとおもうので瑠奈の場合そう多くはない。
早速、車を購入することで車庫証明等が必要なのだが、無知な娘に代わって父が手伝い書類を揃えてくれ、数日後、電話連絡をしてバイトが終わってからお店に書類を届けに訪れた。
冬の夜は寒いせいか展示場を見に来る人は少ないので、彼らは事務所で待機をしているように寛いでいた。
瑠奈が事務所の中に入ると、彼はコーヒーを出してくれ書類の確認を始めた。
その間、事務所内を端から端まで眺めながら待っていたが、ここの建物はプレハブ構造で扉はサッシ、必要最小限のものしか見当たらず面白みはなかった。
「はいOK。これで大丈夫だ」
「さすが父が手伝ってくれただけ完璧なんだ」 (サンキュー)
あとは納車日取りを決め帰る支度を始めていた。
「ちょっと待ってて、寒いから駅まで送るよ」
彼の軽い口調が聞こえてきた。
彼はお店の裏に停めてある車のエンジンをかけ、ドアを開けてくれたのは助手席だった。
駅まで歩くと10分くらいの距離、ちょっとラッキーな気分で乗り込んだ瑠奈だったが、その間の会話の内容はよく覚えておらず、あっという間に駅に到着しお礼を言って車から降りた。
「じゃあまた、気を付けて」
彼は言いながら、含み笑いをしたような表情で走り去って行った。
瑠奈はしばらくその場に立ったまま、車が走り去った方向を眺め、寒さを感じないくらい顔の熱りが全身に伝わってきた。
数日後納車の為、彼が自宅近くまで届けてくれることになっている。
本来ならお店に取りに来るのが基本だが、届けてほしいとちょっと我が儘っぽくお願いしてみたら、すんなりいいよと応えてくれたのだ。
その代わり事務所まで送り届ける羽目になったけど。
近所のバス停前、寒さをこらえて待っている瑠奈の前でキィッと車は停まった。
「はい。約束通りに届けにきたよ。ちょっと年式は古いけど、エンジン音は良さそうだ」
言いながら彼は車を降りてきた。
「ありがとう。でも今頃そんな言葉言わなくても、慧玖瀬さんの運転ならエンジンも言うことを聞きそうです」
瑠奈は少し照れ笑いをして言った。
「フッ、悪くないってことでさっ、じゃあ今度は送り届けてね」
てっきり運転は彼だとばかり思っていたのに、助手席側に座って待っている。
「えっ!?私が運転するんですかぁ?」
「自分の車なんだから、ちゃんと運転できるか見てあげるよ」
「だ、大丈夫です。免許持ってるし、それに他の車で練習していたので」
「そう? 他の車で練習してたんだ~。優しい彼氏だね」
「いいえ、彼氏じゃありませんっ。普通にセンパイです」
そう強く言って睨み、瑠奈は運転席に乗り込んでガンッ と1速ギアを入れアクセルを強く踏み、2速、3速まで速度を落とさず加速した。
「そんなに怒らないでさあ~、ねえ徠椙さん」
「いいえ、怒っていませんから」
瑠奈は法廷速度まで落とし運転を続け、内心直線道路で良かったとホッとしていた。
お店までの道のり、車内は静かでというより話す糸口がみつからないでいると彼から口を開いた。
「最初店に来てたのは彼氏?」
「いいえ、センパイです」
「ふう~ん、モテるんだね」
「たまたま優しいセンパイが多いだけです」
その言い方にも不満でムッとした表情を崩さない。
こんなはずじゃないのに何だか腹が立つ言い方で、これは恋なんかじゃないと思い直していた。
無事にお店に到着して、彼は車を降り瑠奈も一緒に降りた。
「じゃあ道中気を付けてね。さっきは言い方が悪かったね、機嫌を直して前見て運転してくれ」
彼の言い方は優しいのか、意地悪なのか、何なのか良く分からなくなった。
「もう怒っていませんし、気にしていませんから大丈夫です」
「・・・うん、じゃあいつでも遊びにおいで、車を欲しい人がいたら紹介してよ、紹介料出すからさぁ」
「はい、わかりました。ありがとうございました」
(なんだかそんなところはチャッカリしてる奴だよね)
心の中で文句を言い、車に乗り込んだが発進出来ないでいる。
「どうしたの?道わかる?」
助手席の窓から心配そうな顔を覗かせた。
「大丈夫、帰るまでの気合を入れてただけだから」
『ほらまたそうやって優しい顔をするから困っちゃうよな』
ボソッと瑠奈はつぶやき車を走らせなんとか自宅に到着したが、とっても疲れた日となった。
そのあと数日間、車幅、前後の長さの把握、アクセルと座席の距離調整、運転席にクッションを置いて座ったり背もたれにしたり、色々試しベストポジションを見つけてから、友達に見せに行った。