プロローグ
ここからが本番。
少女は必死に走っていた。
追いつかれて捕まったらどうなるのか、話には聞いている。
女としての尊厳を失い、命まで失う。
だから、少女は走っていた。
100メートルほど後方、十人ほどの者が少女を追っていた。
その顔には余裕があった。
明らかに楽しんでいるのだ、この鬼ごっこを。
息は切れ、心臓は激しい音を立てている、脇腹も痛みを訴え、足も悲鳴を上げている。
それでも止まるわけにはいかなかった。
絶望的な状況というのは理解していたが、それでも少しでも村に近づけば、あるいは村人が見つけてくれるかもしれないのだ。
そんな、僅かな希望にかけて、ただ走る。
(こんなこと今までなかったのに!)
そう、彼女はいつもどおりに行動しただけだった。
いつもどおり村を出て、いつもどおり草原で薬草---病気の母のための---を集めていた、それだけだったのに、気づけば近くに宿敵の姿があったのだ。
少女は決して足が遅い方ではない。
むしろ、駆けっこでは同世代の誰よりも速かった。
それでも大人とでは歩幅が違う。
走っても走っても差はつかない、いや、わざと同じ差で追いかけてきていることにも気づいてはいた。
「あっ」
痛恨のミス。
後ろを気にするあまり、注意がおろそかになっていたのだろう、草むらの何かに躓き、少女は転んでしまった。
激しく転倒した拍子に膝を打ったのか、立ちたくても立てない。
村まではまだまだ距離がある。
少女の目から流れた涙は痛みによるものか、それとも絶望によるものか。
「んー?人か?」
少女が躓いたもの、それが立ち上がった。
それは野獣、いや、人のようだ。
ぼさぼさの黒い髪は胸まであり、髭も伸び放題に伸び、上半身は裸で日に焼けて黒く、身に着けている服は腰に巻いている恐らく獣の皮で作った布だけ、その手にはタイトルも読めないほどボロボロになった本、そんな出で立ちの男だった。
男は少女のほうを見ると
「きつね!!」
そう叫んで、少女に襲い掛かり…………もふもふしだした。
「ひゃぁぁぁぁ」
狐族の少女は、ふさふさの耳を、ふさふさの首を、ふさふさの尻尾をもふられ、悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと、だ、だめ、あーーー」
男のもふりテクニックに翻弄される少女が、ついにぴくぴくと痙攣しだしたところで、男の手が止まった。
「あ、すまん。実家によく来てたキタキツネを思い出して、ついやりすぎた。ほんと申し訳ない」
男が両手を合わせて平謝る。
そして、後ろを振り向いて言った。
「で、あんたらは?見た目からして仲間じゃなさそうだな」
そこには少女を追いかけていた狸族の男たちが居た。




