初めての試合
「はーい、賭けは閉め切りますよー!」
8時45分、多数の人でごったがえしているギルド訓練場にエミリアの声が響いた。
イザリーとジャックの試合前にギルド職員が何をしているんだ、と思うかもしれないが、試合での賭けの胴元はギルドの正式な業務である。
不当な賭けがなされないようにするためというのが建前だが、実際は胴元に入る二割の種銭はギルドにとって良い収入源なのだ。
今回の賭けは良いブックメークがなされており、以下の4つがおおよそ均等になっている。
すなわち、”イザリーが勝つ””イザリーが5分以内に負ける””イザリーが30分以内に負ける””イザリーが30分以上粘るも負ける”。
ジョージは当然”イザリーが勝つ”に賭けている。
訓練場にある闘技場の中央に、フリントが立ち、遅れて両側からジャックとイザリーが姿を見せる。
予想されたこととはいえ、ほぼ全員がイザリーを応援している状況にジャックは憮然としながらも武闘大会槍部門の上位入賞者として、試合慣れを感じさせる足取りで歩を進めたが、イザリーはがちがちに緊張しており、右足と右手が同時に出ている。
そんなイザリーに白いローブの男、ジョージが近づくと、いきなりその尻尾を掴んだ。
「ぎにゃあぁぁ!」
闘技場にイザリーの叫びが響いた。
たまにギルド内で見る風景とはいえ、試合直前での蛮行に観客席からブーイングが広がるが、ジョージは気にする様子もなく若干涙目のイザリーの耳元で囁いた。
「よし、思いっきり行って来い」
「!…………ミウラーさま、ありがとうございます!」
今の一幕で緊張のほぐれたイザリーの足取りは確かであった。
「この試合のルールは一般的な試合ルール、つまり補助魔法が使用可能だが、直接魔法は禁止だ。相手が降参するか相手の体に武器が触れた時点で勝ちとする」
両者が8メートルほどの距離で対峙したところで指示して足を止めさせると、フリントは試合の内容を説明し、さらにジャックのほうを向くと
「俺がイザリーに教えたのは速攻だ。最初の一撃をかわして長期戦に持ち込めれば勝てるぞ」
と、その戦法を教えてしまった。
「舐めてるのk「知らなければお前に勝ち目がない」…………ありがたく聞いておくぜ」
ジャックはその模擬槍を水平に構え直した。
対するイザリーは模擬小剣を中央下段に構えている。
場内は静まり返っている。
「準備開始」
「java EnchantAir」
静かな場内に響き渡る、落ち着いた声で唱えられたイザリーの魔法、その対象は小剣ではなくブーツ。
速度増加であろう。
「それでは…………始め!」
勝負が決まったのは、フリントがそう言って、一歩下がった瞬間だった。
ジャックの手にその槍は無く、その喉元にイザリーの小剣が触れていた。
数秒後、ゴトッ、という鈍い音を立てて、ジャックの槍がイザリーの後方2メートルほど、一直線に立ち昇っていた土煙の上に落ちた。
「勝負あり。勝者イザリー」
特に大声を上げたわけでもないのに、静まり返った闘技場では隅々まで聞こえたフリントのジャッジでイザリーは小剣を降ろし、ジャックに向かって一礼をするが、ジャックは固まったままであり、闘技場もまた静まりかえったままだった。
結果から見るとイザリーがやったことは軽戦士にとっては基本的な戦法、すなわち接近して武器の弾き飛ばしと同時に一撃を食らわせただけである。
ただし、誰の目にも留まらない速さで。
それがフリントの教えた全てであった。
「勝ちました!勝ちましたよ!ジョージさん!」
いつの間にか近づき、飛びついてきたイザリーに虚をつかれながらも、なんとか踏みとどまったジョージは、そんなイザリーの頭を撫でながら
「あれ?お前今なんて言った?」
「あっ!…………べ、別におかしなことは言ってませんよ、ミウラーさま」
それに気づいたイザリーの顔は真っ赤に染まるのだった。




