我が逃走
この世界の魔法はJavaだった。
あまりの衝撃に無表情となりながらも、『マリーたんの魔法入門』をもう一度見る。
脳内エディタは誰でも備わっている機能らしく、そう願うだけで起動できたため、言われた通りに打ち込んで、保存を念じる。
本の手順通りに魔法一覧を念じると、脳内にリストが表示され、その先頭に『HelloWorld』ができた。
コンパイルは自動なのか、何気に便利かも?とエンジニア的思考をしながら、続きの手順を実行する。
「Java HelloWorld」
そうつぶやいた途端、例の黒い窓が空中に浮かび、文字が表示された。
『Hello World!』
どうやら魔法に成功したらしいので、消えるように念じて黒い窓を消す。
「どうですか?魔法使えそうですか?」
「ああ、ご覧のとおりだ」
「?」
きょとんとしている少女を見て、この黒い窓が本人にしか見えないことを知った三浦だった。
「しかし、魔法がJavaとは…………なんて素敵な世界なんだ!」
三浦は感動していた。
なぜなら、ファンタジー系に転生した以上、諦めなければならないはずだったプログラミングができるのだから。
どこまでもプログラミングジャンキーなのである。
「あの、熱中している所、申し訳ないのですけど」
しばらく『マリーたんの魔法入門』をぱらぱらとめくっていると、今まで覇気のなかった三浦が豹変し、その血走った目にどんびきしていた少女がおずおずと声をかけた。
「あ、ああごめん、ちょっと夢中になった。この本は役に立つがクズだな」
「魔法が使えるなら、こちらも使えるはずです」
そのよくわからない評価を聞き流しながら少女は今度は表面が綺麗に磨かれた30センチ程度の乳白色の棒を取り出した。
今まで持ったことはないが、何か、どこかで見たことがある、それが三浦の感想だった。
「これは?」
「これはテレポーテーションワンドと言います。転移魔法が込められた魔道具です」
「おおーこれがアーティファクトかーすげー」
三浦の知識は転生前の知識だがアーティファクトというのは強力な魔法が使用できる道具ということは理解できる。
「これを使って、脱出します」
「…………脱出?」
三浦に聞き返された少女は一瞬逡巡し、そして覚悟を決めて言った。
「この国、カーガが滅ぶのは時間の問題ですから」
そして、彼女の言葉に合わせたかのように、扉の外でひときわ大きな音、恐らく剣と剣が打ち合う音が響いた。
「急ぎましょう。時間がありません」
「これを使って脱出すればいいんだな?」
「そうです。今から使い方を教えます」
「使い方まで知っているなら自分で使えばいいのでは?」
「私じゃ魔力が足りなくて使えないんです…………だからそれを使える魔力を持った人物、それが召喚の条件でした」
「なるほど。そういうことか」
どうやら三浦の魔力はこの魔道具が使える程度には高いようだ。
「折って!」
扉がみしみしと音を立てているのを横目で見ながら、少女が叫んだ。
「折る?こうか?」
三浦がスティックを折り曲げると、パキッという音がし、スティックから光が溢れ出た。
黄緑蛍光色の。
「振って!高く上げて振って!」
言われた通りに、スティックを高く上げて左右に振ったところで、三浦は気づいた。
「これ、どこかで見たことあると思ったら、コンサートで振る奴だ!」
まさにサイリウムだった。
三浦は自分の今の姿を想像して鬱になりながらも振り続ける。
すると、床に黄緑色の魔法陣が浮かび上がってくる。
それはまるでピント合わせをするかのごとく、ぼやけたりくっきりしたりを繰り返していたが、徐々にくっきりする間隔が長くなっていく。
ぼやける間隔がほぼゼロに近づいたときだった。
ドバーン!という激しい音と共に扉が開き、その勢いのまま、銀色の金属鎧を身にまとった騎士風の人物が三浦と少女の方に吹き飛ばされてきた。
そして、三浦に激突。
三浦がビリヤードのように弾き飛ばされた瞬間、魔法陣の上に残った少女と騎士…………女性だった…………が白い光に包まれた。
光が止んだとき、二人の姿はなく、ただ三浦一人が取り残されていた。
「マジか」
扉からゆっくりと近づいてくる武装した男を見ながら三浦が発せたのはその一言だけだった。




