プロローグ
S区T町。
日曜深夜3時ともなれば、駅から徒歩15分のこのエリアのビルも明かりを灯さない。
いや、1か所だけ明かりの灯っているビルがあった。
そこに入居しているのはとあるシステム開発会社である。
近所からは明かりの途切れたことのない不夜城と呼ばれる、そのオフィスの喫煙室。
Tシャツジーパンのラフな格好の2人が紫煙を吐きながら会話をしていた。
「三浦さんすげーよなぁ」
「ああ、もう2日完徹だろ?それでもスピード落ちないんだから化けもんだな」
「アラフォーなのにどんだけ体力あるんだよ………」
三浦譲二、38才、独身。
彼は8人分の机の1つでひたすらキーボードを打鍵していた。
他に人はいない。
4人は帰り、1人はソファーで死んだように寝ており、2人は喫煙所にいるからだ。
彼の職業はフリーのプログラマーである。
特定の組織に所属せず、契約によってプロジェクトに参画する。
いわば派遣社員のようなものだが、彼は好んで危険なプロジェクトに参加する。
フリーとはいえ38才という年齢と能力を考えれば、とっくにマネージャーなりチーフなりになっていてもおかしくないのだが、プログラマーである。
もちろん、そういう話があってもおかしくないし、実際あった。
しかしそれを全て蹴ってプログラマーをしているのだ。
理由は「楽しいから」。
そう、彼はプログラミングジャンキーなのだ。
プログラミングジャンキー。
それは病気のようなものだ。
プログラミングが楽しくて仕方ない。
プログラミングさえしていれば後は何もいらない。
仕事はプログラミング。
趣味もプログラミング。
会社でプログラムを組んだ疲れは、家に帰って自分の好きなようにプログラミングすることで癒えてしまう。
まさにジャンキーである。
「よし終わった!」
三浦の打鍵が止まった。
マウス操作でJUnitテスト……プログラムの正常性を確認するためのプログラムを走らせ、全てOKであることを確認すると、一度大きな伸びをし、眼鏡を外すと目を擦る。
一日中ディスプレイを見ているにも関わらず何故か2.0から落ちない視力のため、本来眼鏡はいらないが、度のないブルーライト低減眼鏡をかけていたのだ。
机の周りに積み上げられた栄養ドリンクの山の脇に眼鏡を置くと、喫煙所へと歩く。
多少ふらついているのは疲れのせいだろう。
喫煙所の扉を開けて中の2人に声をかける。
「俺の分は全て終わらせた。JUnitも通してある。結合は任せた」
「ありがとうございます!三浦さん居なかったらやばかったですね」
このプロジェクトもいわゆる危険なプロジェクトだった。
顧客にできるできると営業が約束した内容は、とても期限内に収まるものではなく、とんでもない赤字プロジェクトとなっていた。
それでも完了しなければ違約金騒ぎになる。
赤字でも終えないことにはどうしようもないプロジェクトは徹夜に次ぐ徹夜でなんとか完了した。
が、完了しても赤字のプロジェクトのため笑顔はない。
いや、三浦だけは満面の笑みを浮かべていた。
だってプログラミングジャンキーだから。
「どうぞ」
先に喫煙所にいた一人が三浦に煙草とライターを差し出す。
三浦はほとんど煙草を吸わない。
吸うのはプロジェクトで必要なコードを全て書き終えたときに1本だけ。
だから三浦の煙草は他の喫煙者が供給する、というのが、何度も三浦に救援を依頼したこの会社の暗黙のルールとなっていた。
「ん」
今、彼の頭の中にあるのは、来月から1か月ほどのリフレッシュ期間。
その半分はセミナーや勉強会で埋まっている。
なにせプログラミングジャンキーなのだ。
三浦は煙草を咥えて火をつけると、深く吸いこんだ。
その瞬間、右半分だけが真っ暗になり、まともに立っていられず崩れ落ちた。
「み、三浦さん?三浦さん!」
意識が失われていく感覚、脳がやばいやばいとアラートを出し続けている。
(ああセミナー無断欠席になっちまいそうだな)
それが三浦が最後に思ったことだった。
三浦譲二、享年38才。
死因は過労で吸った煙草による脳梗塞。
プログラミングに生きプログラミングに死んだ。
そんな人生だった。
三浦さんはJJUG(日本Javaユーザー会)にも参加していて、セミナーも積極的に行くような、アクティブな技術者です。
モデルはいません。本当だってば!




