13 坂島凛②
彩香が驚愕の表情で凛の方を見ている。凛はただ何も言わず、彩香の方に歩いて近づいて行く。凛の歩みの音だけが教室に響く。放課後の喧騒すら、その瞬間だけ静寂へと変貌した様だった。
「う、うぅ……」
凛が足を一歩踏み出す毎に、彩香の身体が強張っていく。己の身体を抱く様に自分の身を守り、ガチガチと奥歯を鳴らして震える。来ないで欲しい、そんな心の声すら聞こえてきそうな姿。しかし彩香の心を余所に、ついに凛の歩みが彩香の前で止まった。床で蹲る彩香とそれを頭上から見下ろす凛。彩香が視線を床に彷徨わせている為、二人の視線が交わらないでいた。
「こっちを向いて」
「ひぃ!」
凛が片膝を着いて彩香と顔を同じ高さにし、彩香の顔を掴んで無理矢理視線を自分の方に向ける。恐怖に震える目の中に真っ直ぐな瞳が映り、真剣な目の中に、自己保身に走る瞳が映る。彩香は凛の瞳に恐怖を増長させ、凛は彩香の視線を逸らす事無く真正面から受け止める。彩香が思わず視線を逸らそうとしても、凛が無理矢理顔を抑えてそうはさせない。遂には彩香の瞳から涙が溢れ始めた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「何が?」
「ひぃっ! り、凛の手紙をすり替えた事、利久に告白した事、利久を好きになった事、凛から利久を奪おうとした事、凛を裏切った事、凛を素直に応援できなかった事。ぜ、全部、ごめんなさい……」
彩香が振り絞る様に、嗚咽を交えつつも必死に謝る。それを受け、凛はしばらく目を伏せ、それから彩香の目にしっかりと視線を合わせて、はっきりと言った。
「うん、許さない」
「ひ、ひっく、ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめん、なさい。ごめ――」
「じゃあ、次は私が謝る番」
「……え?」
彩香が震える目で凛の方を窺う様に見る。そこにははにかむ様に、罰悪そうに笑う凛が居る。
「彩香が利久を好きだって知らなかった。知らないで彩香に相談してた。私だったらって考えると、やっぱり凄く辛いと思う。嫌だと思う。自分の好きな人を他の人に渡すなんて嫌だもん。だから――ごめんなさい」
彩香の前で凛の頭が下げられる。一瞬の思考停止の後に、彩香はやっぱり思考停止した。凛の言葉は、彩香にとって到底受け入れられる物じゃ無かったのだ。
「私も悪い。彩香も……彩香ちゃんも悪い。お互いに許せないと思う。でも、私は彩香ちゃんとまた笑い合いたい。だから――仲直りしよ?」
凛の手が彩香の方に差し出される。彩香はその手と凛の顔を交互に見て、躊躇いがちに手を添えた。それと同時に凛の手が閉ざされ、互いの指が強く、強く結び付いた。
「ぅう……、へへへ」
「ひ、ひっく……、はは」
二人で手を繋ぎ、お互いの温度を感じつつ、泣きながら笑い合う。
二人はどこか尊き、大事な思い出を思い出しながら、過去に別れを告げて泣き続ける。これからは笑顔でいられる様に。




