12 坂島凛①
時は遡り先日、襟山彩香と坂島凛の久方ぶりの邂逅から見て一日前。凛がいつもの様に、誰にも気付かれぬ様、誰にも見つからぬ様、早朝に学校に登校して交換ノートを大塚利久の机に入れようとしていた時の事である。
教室の扉を開け、彼の机の方を見ると、誰とも知らぬ人物がそこに座っていた。凛はそれを見て俄かに怒りを覚えた。凛にとって、そこは彼だけの席であり、彼以外がそこに座ってはならないからだ。
「だ、だれ? そこを退いてよ」
凛は久しぶりに出す、震える声で謎の人物に声を掛ける。凛自身の想像以上に声帯が弱っていたらしく、かなり震えた声であったが、果たして謎の人物は声に顔を凛の方に向けつつ立ち上がった。
「ここは俺の席だよ。大塚利久の席じゃ、無い」
「ち、違うもん。そこは利久の席だもん」
「利久――大塚利久は死んだ。それも忘れてるのか?」
謎の人物が男と認識した辺りで、凛へと男が意味の分からない事を言った。凛はその言葉をただの理解不能な戯言として処理し、とりあえず男に退いて貰おうとして、顔を伝う涙を感じた。
涙は止め処なく溢れる。拭いても、上を向いても止まる事は無い。双眸から溢れる涙に、凛は戸惑う。
「え、え?」
「思い出せ。いや、思い直せ。お前は利久の死を受け入れるべきだ」
「あ、あぁ……」
凛の頭に激痛が響く。頭の中で銅鑼でも鳴らされた如き、断続的に続く衝撃に凛は思わず蹲る。蹲って、耐えて、でも涙は溢れ続ける。ただ、凛には自分の両目から溢れる涙は、痛みに苦しむ物には感じなかった。
「お前は受け入れるべきだ。お前が受け入れないと、お前と襟山はどうやって前に進む。許すにしろ許さないにしろ、恨むにせよ憎むにせよ、仲を取り戻すにせよ。お前が受け入れなきゃ、お前達は前に進め無いだろうが!」
男の檄に、凛はゆっくりと頭を上げる。その目に涙は無く、その瞳には光が宿っていた。
「ありがと。もう、大丈夫かな?」
「不安な語尾だな……まあ、どういたしまして」
「ははは……。君、名前は?」
「白川旭。大塚利久の席に、今座っている転校生だ」
白川の言葉に凛は無情の時の流れを感じつつも、前に進む事を決意した。




