第07話 Dear my friend(中編)
ぴりりりり。
ぴりりりり。
ぴりりりり。
ぴりカチッ。
ふぁ……。
朝かぁ……。
ってあれ、なんか、いつもと、違和感が……って
「ふぅぉおおあああっ!?」
目の前に、彩綾ちゃんの寝顔があった。
私が寝ている布団で、一緒に寝て、た?
ちょいちょいちょいちょいなにがどうなっていやそんなわたしなにをこれはいったいなにががががががが???
お、落ち着け私!! 彩綾ちゃんが起きちゃう……!
「ふぁ、おはよー、華」
「おはっ! ……おはようございます……っ」
イリスちゃんが彩綾ちゃんの後ろのベッドから飛んでくる。
いつもと違う、いかにもパジャマといった服を着て、ふわふわと眠そうだ。
っていや、それより
「い、イリスちゃ、こ、これ、どうなって」
「あー。サーヤが夜中にモゾモゾどこかに行ったと思ったら、そこにいたのね……」
い、
「意味がわからない……」
「起こして本人に聞いたら?」
寝起きのイリスちゃんはにべもない。
……起こす。
私が、彩綾ちゃんを、起こす?
「……スーー……」
カーテンの間から漏れる光に照らされて、彩綾ちゃんはもぞもぞと顔の角度を変える。
寝ているのにも関わらず、瞳を閉じたその表情は一切のバランスを崩さず整っていて。
太陽も光栄だろう。こんな綺麗な寝顔を照らす事が出来るなんて。
その金髪は寝乱れているものの、光を反射して輝いてすらいる。
どことなく安心しているのか、口元は微笑んでいるようだ。
……と、一通り観察してみたけれど、こんな幸せそうな寝顔の人を起こすのは、ちょっと私、罪悪感で胃に穴が空くかも。
「もう、華はサーヤに甘いんだから」
ヤレヤレと言った具合にイリスちゃんが彩綾ちゃんの耳元まで飛ぶ。
「サーーーヤーーーー!! 朝だよーーーー!!!」
「ふぁいっ!!」
ガバッ!!
布団を跳ね除けながら、彩綾ちゃんが上半身を跳ね起こす。
私も同じ体勢だったので、起きた彩綾ちゃんを見守る。
こしこし、と手首で目元をこすりながら、彩綾ちゃんは眠そうにしている。
ふと、ぼんやりとしたままの彩綾ちゃんがこちらを向いた。
どこか私の向こう側を見つめているような瞳と視線が合う。
「お、おはよ、彩綾ちゃん」
「ん……ふぁ……」
彩綾ちゃんが目線を私から外し、元の虚空を見つめ……グンッとこちらを振り向き直し、
「は、華?! ど、どうしてここに?!」
……まさかの寝ぼけ属性持ちだったとは。
彩綾ちゃん可愛い。そのまま抱きしめてもう一眠りしたら、私はきっと二度と目覚めないね。
「おはよ、彩綾ちゃん」
人が慌てていると、逆に冷静になれるという不思議。
私は萌えていたが落ち着いていたので、いい具合に笑いながら声をかけた。
「おはよう……あれ? え、私、あ、そっか、私、昨日、華の家に泊まったのよね……」
「うん、そうだよ。でも彩綾ちゃん、なんで私の布団に?」
「あ、そ、それは……」
彩綾ちゃんは恥ずかしそうに少し顔を伏せる。
「すぐ近くで華が寝てると思ったら、なんだか人恋しくて、つい、華の布団に……ご、ごめんなさい」
「いやいやいやいやいやいやいいよいいよ、全然オッケーだよ私!! むしろなんだかいつもより暖かかったし! て言うか落ち着いたっていうかなんていうか、起きた時はすっごいびっくりしたけど、でもそれもなんか目覚めが良かったっていうか、ね?!」
ってなんか私の方が言い訳してるみたい?!
でもそんな風にしていたら、彩綾ちゃんの方がむしろ微笑んでくれて。
「ありがとう、華。私もすごく、落ち着いて眠れたわ」
あ、私、朝から鼻血出そう。
あまりにも彩綾ちゃんの笑顔が眩しくて、私は思わずもう一度、布団に顔を埋めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝からやたらテンションの高いお母さんが作ったご飯を食べて、彩綾ちゃんと2人で登校する事に。
同じ家から2人で登校。いいものですね、本当に。
朝から私もニヤニヤしてしまいそうになるのをこらえている。
「私もいるんだけどねー。とはいえ、流石に私はそろそろサーヤの中に引っ込んでおこうかな」
「ってわぁっ、イリスちゃん! べ、別に忘れてないからっ! 忘れてないからぁっ!」
ジト目のイリスちゃんは少し不服そうだったけれど、彩綾ちゃんにスッと溶け込んでいく。
いつ見ても不思議な光景だなぁ……。
「ふふ、イリスもいつも一緒だものね。そう言えばパジャマお借りしちゃって……やっぱり洗って返した方が良かったんじゃ?」
「全然平気だよ? むしろ洗うなんてそんなもったいな……ゲフンゲフン」
「だ、大丈夫ならいいのだけど……。流石に下着類はイリスが家から不可視で持ってきてくれたけれど、パジャマまでとなるとイリスにも面倒だって言われちゃって……」
「流石にね。でもそもそも、下着に関してはその……」
私のじゃキツくて貸せないんですよ……という軽めの絶望が私を襲う。
「でも本当に、ありがとう。すごく楽しいお泊りだったわ」
そう言って彩綾ちゃんが微笑む。
私はその笑顔が見られた事に、心の底から安心を覚える。
「それなら良かった。まだ『わかば』さんも残ってるし、よかったらまた来てね?」
「えぇ、華が良ければ喜んで。今度はちゃんとお母様へのお土産も準備もしてから行くわね」
お母さんにも気を使わなくていいよー、等と話しながら学校への道を歩く。
朝からこんなに幸せでいいのかな、私。
しかし、私はそこでふと思い出した。
今日は別に急いではいないけれど、彩綾ちゃんと一緒だから少しだけ早く家を出ている。
となると、この辺りでもえちゃんと会いそうな時間だ。
彩綾ちゃんの事なんて言おう……。
素直にうちに泊まったって話せばいいのかな……?
昨日の件もあるから少しモヤモヤしてしまう。
うーん……。なんだか浮気の言い訳を考える旦那さんみたいな気分……。
いや、別に私はもえちゃんの旦那さんでもなんでもないわけで、そんなに気にしなくてもいいのかもしれないけれど……。
もえちゃんとは小さい頃からずっと一緒だったし、私の数少ない本当に心を許せる友人の一人だ。
だからこそ、本当は全部話してしまいたい気持ちはあるけれど……それでもえちゃんを巻き込むわけにはいかない。
それ以前に、そんな大切な友人に、自分はヘンタイですと打ち明ける勇気は私には無かった。
どうしよう……と心配しながらも歩を進めていく。
しかし幸いにも、今日はもえちゃんと道中で会うことは無かった。
そうこうしている内に学校に着き、私と彩綾ちゃんは別れてそれぞれの席につく。
しばらくして予鈴がなっても、もえちゃんは学校に来ない。
……もしかして、体調でも悪いのかな?
学校の休み時間等において、私が話をする相手は基本的にもえちゃんだけだ。
彩綾ちゃんはいつも、周りをクラスメイトに囲まれているし、クラスの中で私から話しかけるような事はそうそう無い。
どうしたんだろう。
先生が来て朝のホームルームを始めるが、もえちゃんについては何も言ってくれなかった。
風邪でもひいた、のかな……?
後でメールを送っておこう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局その日、もえちゃんは学校に来なかった。
私はまた彩綾ちゃんと一緒に下校していたけれど、少しソワソワしたものを感じている。
メールが返って来ないのだ。
そりゃあ、体調が悪ければメールをするのも面倒な所もあるかもしれないけれど、今まで、もえちゃんからの返事がこんなに遅かった事は一度も無かった。
前にもえちゃんが風邪をひいて学校を休んだ時も、お見舞いに行っていいかメールを入れたら即座に返って来たし……。
きっと寝ているんだろうと思う事にしたけれど、言いようのないソワソワが滲み出ていたらしく、
「華? どうしたの? 何か気になる事があるみたいに見えるけれど……」
っと、彩綾ちゃんに心配かけちゃった。
「うん……今日、もえちゃんが学校休んだから、少し気になってて……」
「あぁ、平原さんね。そう言えば、華は平原さんと仲が良かったものね」
「知ってたの?」
「勿論。クラスの中の事だもの、気付いているわよ」
彩綾ちゃんは視野が広いんだなぁ……。
私はクラスの他の子達が誰と誰で仲がいい、なんて、殆ど覚えていないのに。
あ、でも、最近は彩綾ちゃんの周りに取り巻くクラスメイトの名前は覚えてきている。
彩綾ちゃんに何かするような事があったらいつでも全員シメて――
「確かに今日、平原さんお休みだったものね。何かメールとかで聞いていたりしないの?」
「それが、返事が来なくて……。寝てるのかな? とも思ったんだけどね?」
「それは、少し心配ね……。でも、体調が悪くて寝ていたりしたら、返事が出来ない事もあるんじゃないかしら?」
それは本当に、そう、なんだけど。
でも、と口にしかけたけれど、私の中でも他に思い付く事が無かったので、そうだよね、と返しておく事にした。
そのまま私達は、河川敷にある広めの空き地に行く。
彩綾ちゃんが人避けの結界を展開して、周りから人が遠ざかっていく。
完全に私達だけになった所で、イリスちゃんが顔を出した。
「さーて華、今日も特訓だよっ!」
「はーい。さて、とりあえず変身しないと……」
目を閉じる。
意識を集中すると、周りに風が渦巻いて、見えなくても私が光に包まれていくのがわかる。
――変身!
意識の中とは言え、私は一応この言葉を唱える事にしている。
その方が、きちんといつもの自分から変われるような気がしていたからだ。
私が目を開くと、光は辺りに一瞬で拡散して、私は魔法少女に変身していた。
「ほい、じゃあ準備が出来た所で、今日はもう少し属性について突っ込んだ特訓をしまーす」
「はーい、イリス教官。今日もよろしくお願いします」
「無理しないでね、華」
いつもの流れから、特訓を始めようとしたその刹那、
「!」
私の魔力感知に『何か』が引っかかった。
彩綾ちゃんへの追手か。
イリスちゃんも気付いたようで表情を強張らせ、その様子を見て彩綾ちゃんも気付いて身構える。
こんな狙いすましたようなタイミングで、私達の時間を邪魔するなんて……なんてデリカシーの無い奴。
「人避けの魔法を、結界状に広げているのに、ここの位置が正確にわかっている……?」
「余程ずーっと私達を見てたか、それとも――」
接近する何かは気配を隠す事も無く、魔力を放出しながらこちらに向かってきているのがわかる。
彩綾ちゃんとイリスちゃんの疑問は、本人に問いただせばわかる事だろう。
私は臨戦態勢のまま、空から向かってくる何かに杖を向ける。
「華?」
「来る方向を隠してもいないんだから、狙い撃って欲しいって事だよね?」
「なんという外道! いや、頼もしいけど!」
イリスちゃんのツッコミを無視して、私は向かってくる相手に向けている杖に意識を集中する。
私にとっては放課後のこの時間はとても大切な時間なのだ。
学校では私から話しかけたりしないから、ずっと耐えて耐えて、我慢し抜いたご褒美のような時間だ。
それを邪魔しようとする人間を排除する事に、私は時間をかけるつもりはない。
「トゥインクル・コメット」
その単語を口にした瞬間、杖の先端から、人一人を包み込む程度のサイズの光の弾丸が撃ち出される。
溜まっていた魔力が放出された事で、杖から排熱が行われた。
シューティングスターと違って、弾も一発だけだが、弾速の速いタイプの魔法だ。
「!」
しかし、当たる直前で、迫り来る何かはその弾丸を回避する。
「そりゃあ、これだけ気配を隠さずに飛んで来てるんだから、狙撃くらい警戒してるか」
「華、向かってくる敵が登場する前に狙撃するのは『わかば』さん的にはアリなのかしら?」
「大丈夫、『わかば』さんだって時には相手の射程距離外からの狙撃くらいするよ」
「3期ね? 3期でやるのね? それは」
「第2射、3射待機、いくよ……トゥインクル・トゥインクル・コメット!」
ドドッ! と連続で光弾が撃ち出され、私は衝撃で少しだけ後ずさる。
先程より速度を上げての連射……だが、
「避けられた、かな?」
「うん」
イリスちゃんの問に私は応える。
相手の気配が消えていない。
弾が当たるギリギリの所で、体を捻って避けてる?
それならホーミングする魔法で、と思ったが、相手が加速してくる。
「ごめん、イリスちゃん、来る!」
「サーヤ、下がって!」
「えぇ!」
相手も魔法を使ったようだ、こちらに向けて飛んで来る、漆黒の魔力弾――!
「っ、障壁!!」
私は咄嗟に障壁を展開して、その魔力弾を防ぐ。
しかし、想像を遥かに上回る衝撃が障壁に当たり、私はその威力を殺しきれず、弾き飛ばされる!
「くぅっ……!」
「華! 油断ダメ絶対! 次が来るよ!!」
即座に体勢を立て直し、平面で受け止める障壁は駄目だと判断。
「障壁!!」
改めて障壁を相手の魔力弾に向けて円錐状に展開し、霧散させる。
まさかここまでしないといけないレベルの魔法が飛んでくるなんて……。
「ッハハハハハハハハハハ!!! やるじゃないか!!!」
――アレか。
飛んできた本人が、空中で静止している。
高笑いを上げ、こちらを見下ろしているようだ。
「挨拶が遅れたね。そっちがいきなり撃ってくるから、こっちも応戦しちゃったよ」
女性の声が響く。
逆光でよくは見えないが、今までの連中とは見た目が全然違うようだ。
漆黒のドレスのような輪郭、腰の後ろからこれも真っ黒の翼が生えている。
「今日は挨拶に来ただけだ。私はせい――」
「コメット!」
「あぶな!! 挨拶に来ただけだっていうんだから聞きなさいよ!!」
ちっ、避けたか。
「華、あの人何か言いたそうにしているわよ?」
「彩綾ちゃん駄目だよ、あんなのの言葉を聞いてたら耳が腐る」
「ちょっと! 人をなんかのウィルスみたいに扱うな! 私はBC兵器か!」
……?
このツッコミ、なんだかどこかで覚えがあるような……。
一通りツッコミを入れると、黒い影は少し私達に近付く。
私は警戒を一切緩めること無く、いつでも魔法を放てる状態にして影と向き合う。
「いいかい、今度こそよく聞きな!」
逆光から逸れ、相手の姿がハッキリとして行く。
あのドレス、あの手袋も、ブーツも……私に、似てる……?
しかしそのどれもが暗闇色に塗り替えられて、腰にはやはり、鴉のような黒い翼が羽を散らす。
そしてニヤリと笑みを浮かべると、そのまま彼女は、自らの額に右手の中指を添え、左手で私達を指差しながらこう叫んだ。
「私は正義の魔法少女、ノワール・モエット! 理由あってそこの女の命を頂く!」
「ノワール・モエット……?!」
「一体何者なの……?!」
彩綾ちゃんとイリスちゃんから疑問の声が漏れる中、私は呟く。
「……何してるの? もえちゃん」
ノワール・モエット参上です。
後編に続きます。