夜明け前
遠くに見えていた。
今までひたすらに遠くにあったそれは、今までどうしても現実感をまとうことをしなかった。
それなのに、最近といえばそれは日に日に現実そのもののように振舞うようになった。
私はどことなくそのことを受け容れることができない。
そして、いつものように瞳に瞼を映し続けた。
しかし、いつの間にか私の目の前にいたのだ。
もっとずっと遠くにいたのではなかったのか。
私はますます混乱を塗られ、迷路にぬれた。
何もない空間で響く音のような静けさだけだった。
自転車置き場の横の空き地のような、空白に落ち込むあの場所も。
薄く汚れたカーテンが舞う部屋も。
色んなもの、感情も全てを詰め込んで置いていたロッカーも。
全てはあの真っ白に騒がしいあの場所にあった。
あの場所で聞いていた。
きっと私は、あの場所に属している時間に限られて有効な、この不快な安心感を手放したくはないのだ。
毎日教科書を持って帰った。
重たいバックを家に持ち帰るたび、ロッカーに風が吹いた。
理解できなかった外国の文字も、見ることさえ嫌った方程式も、異国の歴史の物語も、すべて、すべてが遠くに運んでいく。
今、私のロッカーに居残りをしているのは小さな詩集が一冊だけになっている。
心細く嘆く私をなだめすかすような、静かに落ち着いた深緑の表紙。
これをここから連れ出す日、私は何処へ行くのだろう。
これは、私だけに聞こえていた音。