夢
「昨日、あんたの結婚式の夢を見たよ」
久しぶりに実家に帰って、僕のお土産の温泉まんじゅうを食べながらお茶を飲んでいると母親が急にそんなことを言った。
普段、僕のプライベートにあまり口を出さない母親にしては珍しい発言で、僕は驚いた。
「へえ」
返答に困ったので、僕はとりあえず相槌を打つことにした。
「ほら。この前、みさとちゃんが結婚式挙げた表参道のおしゃれなチャペルのあるところ。あそこであんたが結婚式挙げることになって」
先日、従姉妹が結婚式を挙げたばかりで、僕の記憶にも新しかった。母親もやはり、僕に結婚をして欲しいと思っているのだろうか。そう考えると、心が痛い。僕は気まずくて下を向いた。
「結婚式の衣装を選んで欲しいって言うから、あんたと一緒に表参道に行くの。それでも、あんたの嫁さんの姿が見えなくて」
母親は僕の反応にはあまり気にせず、話をどんどん進める。
「衣装選んでくださいって言われても、なぜかタキシードしかないの。でも、なにも疑問に思わないで、タキシードを選んでるのよ。それも二着」
僕はいたたまれない気持ちになってきた。
「で、当日になるんだけど。あんたの友達がたくさん来てくれて。あんなに友達たくさんいたのね。お母さん、うれしかった。あんた、何も話してくれないから」
母親の目が少し光った気がした。
「受付やってくれている子も、来てくれている子も、みんな感じが良くて良い子たちで。おめでとうってみんなに祝福されている気がして」
僕には母親の表情がうれしそうに見えた。
「あんたを紹介する映像が流れていて。生まれたばかりのあんたの写真から始まって・・・・・・。だんだん、大きくなっていくのを見ていると泣きそうになっちゃった。おかしいね。夢なのに」
そう言う母親が今にも泣きだしそうで、僕は見ていられなくなった。それでも母親の話は終わらない。
「あんたの相手が最後まで出てこないのが不思議で。不思議で」
僕は、話が早く終わらないかなと思う反面、続きが気になっていた。
「最後に退場するときになって、相手がやっと出てくるの」
とっさに息を止めてしまい、少し苦しくなっていた。リラックスしようと、お茶を一口飲んだ。
「本当に仲良さそうに、手を繋いで歩いてくるのが、あんたとタキシード着た男の人なの」
母親の発言に、僕は飲んでいたお茶が変なところに入ってしまった。鼻から、お茶が吹きだしてきて苦しい。母親がティッシュを差し出してくれたので、僕はそれで顔を拭いた。
「あんたとその相手の人の笑顔がとてもすてきで、なんか良かったわ」
母親の言葉は意外に聞こえ、僕は驚いた。
「私はあんたが幸せならうれしいの。相手が男の人だって誰だって良いと思う」
僕は反応に困って、黙っていることしかできなかった。
「夢で見る前は複雑だったけれど、あんたの幸せそうな顔見てたらどうでも良くなっちゃって」
僕が男性と付き合っていることを母親はもう知っていたのか。そう考えると、必死に隠していたことが恥ずかしくなってくる。
「温泉も彼氏と行ったんでしょう?今度、家に連れて来なさい。息子が増えるみたいでいいね」
笑顔で話す母親を見ていると、今まで隠していて申し訳ないという気持ちでいっぱいになってくる。色んな感情が溢れてきて、目頭が熱くなってきたのを感じた。
「今度ね」
そう返すのが精一杯だった。僕は急須を手にすると、立ち上がった。おかわりが欲しかった訳じゃなかったけれど、涙を母親に見られるのが恥ずかしかった。
台所で僕は噛みしめるように母親の話を思い出していた。
「私はあんたが幸せならうれしいの」
涙が溢れて来て、止まらなかった。