商店街の戦い
「さあ、おめかし完了だよ?」
私は刀モードとなったラウネをパツ金眼鏡に突き付けて、そう告げた。口の中には、まだラウネの実の酸っぱさが残っている。
「くくく、なるほどねぇ、そいつがお前さん方が生き残って来れた理由、ってワケかい。ええ? 不良品の魔力強化人間さんよ?」
ニヤニヤと嫌な笑顏を見せて、奴はこちらを挑発する様に言った。
──魔力強化人間とは、読んで字のごとく人工的に魔力を強化された人間のことで、現在この世界の様々な分野で活躍している。額に埋め込まれた超小型の装置から魔力を体中に流し、簡易魔法とは比べ物にならないほどの威力の魔法を発動できるからだ。
もっとも、パツ金が言った様に私は不良品、その装置がぶっ壊れてしまっているので、もはや何強化人間なのかよくわからない状態なんだけど……。まあ、強いて言えば身体能力は高いか。
「まあね。つうかそんなことより、さっさとゴミを返してもらうよ!」
私はアスファルトを蹴って、奴の元へと走り出した。まったく、この日は飛んだり走ったり大忙しだ。
「くく、やれるもんなら、やってみなぁ」
と、パツ金はまた指輪をした方の手を空へ突き上げる。
「来るよ、ラウネ」
「わーってるって」
刀モードになってもラウネは喋れるので、こんな感じで意思の疎通が取れるのだった。
とかなんとか言ってると、さっそく火の玉が飛んで来る。
「よいしょっと!」
迫り来る炎の塊を、私はラウネを振りかざして叩き切った。赤い刃に触れた炎は二つに分かれて消え、その間を私は駆け抜ける。
「くく、さすがに一筋縄ではいかないかぁ。なら、こいつはどうだい? ──おらおらおらぁ!」
と、急にハイになったのか、とち狂った様な叫び声と共に、火球を連打して来たのだった。
(ちっ、面倒くさい!)
私は走ったままラウネを逆手に持ち直すと、軽くジャンプして左脚を軸にぐるぐると回転する。
次第に回るスピードを早める様にして、二、三回転する頃には、どうにか炎の弾幕を突破していた。
そのまま、着地と同時に一気に間合いを詰める。
「はあぁぁぁぁ!」
「おらぁぁぁぁ!」
奴が放った最後の火球を切り裂き、すぐにラウネを持ち変えると、今度は前に向かって突き出した。
そして赤い刃は、パツ金の喉元に数ミリ切っ先を食い込ませて、止まる。少々横髪が焦げ服には煤がついたが、その程度で済んでよかった。
「くっ、なんだぁ案外やるねぇ」
「でしょ?」
パツ金眼鏡はそこで、降伏を示したつもりなのか左腕も上に挙げ、首を逸らしてバンザイのポーズを取った。
抱えていたゴミが、それこそ捨てられる様にぼとりと地面に落ちる。
──と、その直後、あろうことかゴミは立ち上がって逃げ出したのだった⁉︎
「なっ、あいつ起きてたの⁉︎」
「あらら、やられたねぇ」
泣きべそ混じりの雄叫びとも悲鳴とも取れる声を上げながら、ゴミは商店街を走って行く。生意気にも、この期に乗じて逃げようとしているらしい。
「ちっ、あいっかわらず無駄な抵抗を」
私はさっさとパツ金を無力化して、後を追うことにした。
その時だった。
「おやおや? いいのかい、よそ見なんかしちゃって」
「は?」
目の前の男の口から、不吉な言葉が飛び出したのは。
そして次の瞬間、私は体の左側に強い衝撃を受け、それに気がついた時にはもう、数十メートルほど横に吹き飛ばされていたのだった。
「がっ⁉︎」
「ホオリ⁉︎」
ラウネの心配そうな声を聞きながら、私はなんとか態勢を立て直して道路に着地する。それからすぐに、攻撃を受けた部分が水で濡れていることに気がついた。
「なんや? 新手か?」
「多分ね」
私は膝を曲げて腰を低くしたまま、両目を動かして攻撃の出処を探す。
(どこだ? どこから撃って来た?)
視界の中に映るのは、電信柱に衝突した私たちの軽トラと、そのすぐ側でニヤニヤと笑っているパツ金腐れ眼鏡、そして道を挟むで並ぶ木造の店たち。また、さっきまで私が立っていた所のアスファルトは、水によって濡らされていた。
と、どういうわけか背中の方から殺気を感じた私は、すぐに後ろを振り返る。
が、どうやら遅かったらしく。
鉄砲水の様な新たな水撃が、私の腹に突き刺さったのだった。
「ぐふっ⁉︎」
再び吹き飛ばされた私は、今度はうまく着地できず、道路に強く体を打ち付ける。
そして情けないことに、意識が朦朧とし始めたのだった。
(くそっ! 早く起き上がらないと……)
ガンガンと痛む頭を左手で抑えつつ、なんとか上半身を起こそうとして、今度はお腹に激痛が走り、また空を仰いだ。
「ぐっ……」
徐々に視界が狭くなって行き、耳に入る周りの音は膜を張った様に聞き取り辛くなる。
「ホオリ! しっかりせえや!」
ラウネが声をかけてくれたが、結局それに応えられないまま、私の両の瞼はどんどん重くなって行ったのだった。
*
「はぁ、はぁ……」
見慣れない町並みの中、俺はただひたすら走り続けていた。目に入る景色は木造の古めかしい建物ばかりで、異世界に来たと言うよりはタイムスリップしてしまった様に思えて来る。
迫り出す様な四角い看板と赤い提灯が、幾つも現れては流れて行った。
(なんとか逃げ出せたけど、これからどうする? 取り敢えず、どこか身を隠せる場所を探して、それで……)
今までになかったくらい思考を働かせながら、俺は息を切らしてひた走った。
とその時、一台の黒塗りの車が、目の前の角を曲がって現れる。俺がいた日本では、決まってヤクザが乗っている様な、物々しい雰囲気が漂っていたそれは、速度を維持したままこちらに近づいて来た。
──というか、むしろ俺に突っ込んで来た⁉︎
「うわぁぁぁ⁉︎」
そのことに気がついた時にはもう遅く、まともに衝突した俺は、フロントガラスにへばり付く羽目になり、そして無様にもその場に倒れてしまう。
全身がわけわからいほど痛くて、もうそれ以上体を動かすことができなかった。
(ま、まじでこの町ありえねえ……)
激痛耐えながら心の中でそう毒づいていると、車のドアを開けて誰かが降りる音が聞こえる。その人物は、どうやらこちらに歩いて来ている様だった。
「……」
どうにか首を捻って見やると、そこにいたのは一人の女性だった。
栗色のロングヘアーを右目を隠す様に分け、露わになっている左の瞳は髪の毛と同じ色をしている。また、真一文字に結ばれた口元からもわかる様に、その顔に表情らしき物は見当たらない。
そして、下がスカートのクリーム色のスーツの上には、何故か白衣を羽織っていた。
かなりの美人ではあるものの、それもあいまってか、作り物の様に冷たい顔つきで俺を見下ろしている。
「あ、な……」
あなたは誰なんだと問いかけようとしたが、うまく言葉を発することができず、中途半端な形のまま俺の口は止まった。
「……喋らなくていいわ」
静かながらもよく通る声が、彼女の口から放たれる。
「……あなたに与えられた選択肢はたった一つ。この車に乗って、『奥様』の元へ向かうことだけよ」
(『奥様』ってことは、この人もさっきの奴の仲間⁉︎ というか、ちょっと待て。これってもしかして)
すると再び黒い車のドアが開き、今度はスーツを着たスキンヘッドの男が現れ、俺の体を乱暴に起こし上げた。
当然体は軋む様に痛く、俺は顔を歪める。
そして、車の方に連れて行かれながら、思う。
(これって、あのパーカーの娘について行く方がよかんたんじゃね……?)