処分か再利用か
私たちを乗せた軽トラックは、来た道を引き返して、会社へと向かっていた。
ガタゴトと音を立てて揺れる車体は、商店街の入り口へと差し掛かる。
「にしても、やっと大人しくなったね、あいつ」
「ああ、若いだけあって、結構抵抗してたからね」
ハンドルを握るアフロ、神宮寺さんが前を見ながら答えた。
私の言った「あいつ」とは、先ほど「ゴミの山脈」で拾って来た、今回の依頼の対象、つまりこの町に在ってはならないゴミのことである。
「でもどうすんの? こう言ったら身も蓋もないけど、たぶんもう使いモノにならないんじゃない?」
「うーん、やっぱりそうなのかなぁ。でも確かに、変なこと言ってた様な」
唸る様な声を出した彼は、あのゴミの処理を思案しているらしかった。
そして、私は思い返す。さっき「ゴミの山脈」でした、あいつとの会話を。
「あ、あのぉ、もしかして俺なんか悪いことしました?」
恐る恐る、あいつはそう言った。この発言は当然ながら的外れではあるが、まあ確かに、いきなり「お前を殺すかも」的なニュアンスのことを言われたら、もしも自分に非があるのなら詫びよう、と考えるかもしれない。
が、やはりこと場合ちょっと、外れている。
「別に、君に何か非があるわけじゃないんだけど……まあ、強いて言うなら、ここにいること自体がそうかな」
割とお人好しの黒マリモは、少し申し訳なさそうに残酷なことを言った。
「そ、そんな……ど、どうして? どうしていきなり、そんなことを言われなきゃならないんだ!」
と、見たところ私と同年代くらいのゴミは、今度は憤りを露わにする。まあ、そりゃそうだろうけど。
「はぁ……。いい? あと一回しか言わないから。──あんたはこの九頭竜町に在ってはならないゴミで、そんなあんたに残され選択肢は二つだけ。処分か再利用か。それだけのことだよ」
「そ、それだけ……。なあ、一つ聞いていいか?」
「何?」
「処分って、やっぱりこ、殺し」
自分で言いながら、青くなって口を噤んだ。
と、そんなゴミの様子を見た我らが社長は、安心させる様に微笑んで、
「大丈夫、殺したりなんかしないよ」
「ほ、本当に?」
「ああ。ただちょっと気絶してもらって、その間にこの町から遠く離れた山の中に、置いて行くだけだよ。運が良ければ、たぶんきっと、おそらく生き延びれる気がするよ」
またも残酷なことを言った。
(もしかしてこの人の方が、私よりもよっぽど酷いんじゃ……)
で、案の定ゴミはショックを受けてうなだれてしまった。
「あれ? どうしたの?」
「いや、『どうしたの?』って……。まあ、いいや。ところであんた、再利用については訊かないの?」
「さい、りよう? ──き、訊きたい! 教えてほしいです!」
まさに藁にもすがる思いと言った様子で、顔を上げて懇願する。その反応は少し面白かったので、私は親切に説明してあげることにした。
「わかった。再利用ってのはね、本来なら存在すら許されないあんたを、この町で雇ってくれる気前のいい人を探して、その人に“売り付ける”ってこと」
「売り、付け……。そ、それは、例えばどんな人に?」
「ああ、それなら知り合いにとてもいい人がいるよ。大金持ちの“男色家”でね。すごく優しいらしいよ。アッチの時も」
と、満面の笑みで言ったのほもちろん鬼畜アフロで、虫の息の相手に容赦なくトドメを刺す。
もはや、同年代とも思えないほど虚ろな顔になったゴミは、焦点の合っていない双眼で虚を見つめていた。
「とにかく、そう言うことだから、取り敢えず会社まで来てもらうよ」
なんかもういろいろと可哀想だし、そして面倒でもあったので、強制連行してしまおうと私が一歩踏み出すと、
「い、嫌だ」
「は?」
「い、嫌だぁぁぁぁぁ!」
急に大声を上げて、こちらに背を向けたのだった。そして、そこら中に転がる多種多様なゴミに足を取られながら、もがく様にしてなんとか逃げようとする。
そんな様子を見た私はもはや呆れて来て、大きなため息を一つ吐いた。
そして──、
「無駄な抵抗を……」
少しだけ両の膝を曲げて溜めを作ってから、思いっきり地面を蹴った。
弾き出された私の体は砂煙を纏いながら、数メートル先のゴミの背中へと飛んでいく。パーカーのフードは脱げ、黒い髪が盛大にはためいた。
要するにただジャンプしただけなのだけど、あいつを捕まえるのにはそれで充分だった。
「なっ⁉︎ うわっ!」
振り向いたゴミの両目が驚愕と恐怖で見開かれるのを見つつ、私はその背中に軽く飛び蹴りを食らわせる。
木の板が割れた様な鈍い音が聞こえ、その次の瞬間には、あいつの体はゴミの山に突っ込んでいた。
「あ、ちょっとやり過ぎたかも」
ほんのちょっとだけ可哀想になって来たので、起き上がらせてあげるぐらいはしようと、シャツの襟を後ろから掴んでゴミの中から引っ張り出した。
すると、
「な、なんでだよ……」
「は?」
「な、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだよ! なんだよ、いきなり処分がどうのこうのって! なんで、出会って数分の女の子に飛び蹴りされなきゃならないんだよぉ!」
「……だから、何度も言ったじゃん。あんたはこの町に──」
在ってはならないと続けようとした私の言葉は、あいつの喚き声により遮られてしまう。
「だいたい殺すだの売り付けるだのって、意味わかんないんだよ! ここは本当に『ニホン』かよ⁉︎」
「は? 『ニホン』……?」
あいつの口から突然謎の単語が飛び出した。
と、こちらがその言葉の意味を全くわかっていないということに、あいつは気がついた様子で、逆に何故か不思議そうに目を丸くしている。
「う、嘘、だろ……? なんだよその反応!」
もはや半泣きになって、さらに怒鳴って来るが、そんな風に言われてもわからない物はわからない。
私はゴミの言葉を無視し、首を曲げて私たちを追って来ていた神宮寺さんの方を向く。
「神宮寺さん、こいつの言ってることわかる?」
「いや、残念ながら、『ニホン』なんて地名は聞いたことがないよ」
お手上げだと言う様に肩をすくめたのを見て、私はもう一度あいつに顔を向けた。
するとゴミは青褪めた表情で、焦点の定まっていない目でこちらを見上げている。
「うそでもなんでもなく、私たちはあんたの言った単語の意味がわからないんだよ」
「そん、な……」
完全に生気を失った様子のゴミは、さらにこう続けた。
「じ、じゃあ、ここは? “ここ”はいったいどこなんだ?」
「いや、だから言ってるじゃん。ここは九頭竜町の『ゴミの山脈』だって」
「……く、九頭竜町って、何県の?」
「県じゃなくて府。大神府だよ」
「オオガミ? な、なら、ここは何国なんだ⁉︎」
「そんなのもちろん、日輪国に決まってるでしょ?」
多少イライラしてはいたものの、私は別におかしなことを言ったつもりはなかった。だが、この台詞はあいつにとってよほど効く物だったらしく、それからは何も質問して来る様な来なくなり、精々口を半開きにするくらいであった。
「ホオリちゃん、今のうちに」
「うん。さっさとトラックに運ぶよ」
そんなこんなで、半ば面倒になった私たちは、ゴミを拘束するとすぐさま軽トラックの荷台に乗せ、会社へと戻ることにしたのだった。
*
(いったい、何が起こってるんだ? どこなんだよ、ここは)
見渡す限りゴミだらけの場所で出会った謎の二人組みに捕まり、軽トラックの荷台に乗せられた俺の脳内では、もう何度もそんな言葉が木霊していた。
視界の先には憎いほどの青空と、木造の建物の屋根や看板、そして赤提灯が映る。
また、気が付けば、ロープで両手両足をがっちりと縛られたうえ、さるぐつわまでされており、逃げ出すことも助けを呼ぶこともできない状態となっていた。
(処分とか再利用とか言ってたけど、どの道ロクな目に遭わなさそうだし……。くそ! 俺の人生どうなるんだよ!)
そう思うと絶望を通り越してなんだか腹立たしくなって来て、悔し涙がぼろぼろと溢れ出す。
鼻水やらよだれやらで口元が汚れていくその間も、俺を乗せた軽トラは揺れ続けた。
──と、その時、滲む視界の中に三つの黒い点が見えることに、気がつく。
それは、目の前に開けた青空の中、飛んでいる影である。
初めは鳥か何かだと思って、そこまで気にならなかった。と言うか、気にしてる余裕などなかったし。
だが、いくら悔し泣きしている状態でも、次第にその三つの影が大きくなっていることがわかった時は、さすがに見逃せなかった。
(……なんだ? あれ。──って、え? もしかして、こっちに近づいて来てる⁉︎)
それからすぐに、その影は鳥や飛行機なんかではないことがわかる。
そして俺は、この日何度目かの衝撃を受けるのだった。
(あ、あれは──人⁉︎)
そう、突如空から現れたのは、それぞれ茶色い箒に跨り黒い背広を着た、三人の男たちだったのである。
魔法使いだとか空飛ぶ箒だとか、そう言ったファンシーなイメージとはかけ離れた彼らは、どういう訳かまっすぐに俺の乗せられた軽トラックを目掛けて、下降して来る。その様子は、まるでジェットエンジンの付いた箒に、ヤクザが乗っているかの様で……。
とにかく、危険を察知したものの身動きの取れない俺は、ただ荷台の上でのたうちまわるしかなかったのだった。