少女の嘘つき病床
嘘をつきつづけた少女が、破綻するまでの物語。
別の長編『エリュシオン』に出てくるサクヤとノートというキャラの物語です。が、本編を読んでいなくても大丈夫な仕上がりにはなっています。
一番に記憶しているのは
彼と初めて出会ったときのこと。
この理想郷では、奴隷のことを【犬】と呼ぶ。首輪を付けて、鎖で繋いで。最大限の侮蔑と嘲笑を込めて、【犬】と。
彼も、その一人だった。
体中痣だらけで、檻の隅にうずくまっていた彼を。暗黒街のボスの娘として生きていたーー否、生かされていた私が見つけたのは、運命でも必然でも無かったと思う。
偶然だったのだと思う。
でも、彼に声を掛けたのは。
彼が欲しいと思ったのは、間違いなく迷いなく必然だった。
運命だった、とも言える。
「あら、随分汚れているのね」
確か、念入りに教え込まれた『ボスの娘』の口調で、私はそんな事を言った。
檻の中には他にも沢山の【犬】がいたけれど、私の視界には彼しか写っていなかったのである。運命だったかもしれないし、必然だったかもしれない。実は、よく覚えていないんだ。
ただそれでも一つ理由を挙げるなら、彼が、他の誰より綺麗だったからだろう。
日に当たることの無い肌は病的な程に白く(私が言えることではないけれど)、腕も足も服から覗く全ての部位に傷が浮かんでいて。そんな無残な四肢を力無く晒していながらも、彼は世界中のどんな人間よりも生きようとしていたのだ。
私を捉えた深い藍の目は、絶望なんて見てはいなかった。純粋に純然に、生きるために生きていて。
死ぬために生きていた私とは、まるで真逆。
だからこそ、綺麗に見えた。
妬ましいぐらいに、綺麗だった。
「でも貴方は、とっても綺麗だわ。私なんかより、ずっとずっと綺麗」
私をきょとんとした目で見上げる彼に。自分の価値に気づいていない彼に少しだけ嫉妬した私は、それからちょっと悪いことを考えた。
彼を愛せたら。
彼に愛されることが出来たら。
私もこんな風に綺麗になれるんじゃないか。
こんな風に、生きようと思えるのではないかーーなんて。
子供の浅知恵もいいところだ。理屈も理論もあったもんじゃない。
だけど、あの頃の私はその夢物語を心底信用していて。
というか縋り付いていたから。
「決めたわ」
自分勝手に、自己中心的に決断して。
「いいわ、私が買ってあげる。貴方も、貴方の大罪である『虎』も。今この場所この時間をもって、貴方は私の玩具になるの」
もうすでに寄生していた【虎】ごと、私は彼を手に入れたのだった。
9歳の秋、【蝶】に騙される前の話。
あれからもう8年が経ったけれど、私が『ノート』と名付けた彼は何も変わらなかった。ずっとずっと従僕として、きっと誰より私を大事にしてくれている。
硝子細工に触れるように。
愛し君に触れるように。
一方で、私は。
彼の優しさを有難いと思うのと同時に、少し恐怖を感じたりもするようになった。
いやいやストーカーとかヤンデレとかそういう意味ではなくて。
もしも、ノートが私を嫌いになったら。もう、生きてはいけないんじゃないかって。
人形性愛で、故に忠実な人形としての私を愛した父親は死んだ。
他の部下は元々父の物だから、暗黒街のボスを愛しているだけでサクヤ・アルフォリアを愛してはいない。
愛されたい、とか。
今更なことを、望んでいる訳でも無いんだけど。
誰にも必要とされない人生なんて、それはもはや人生では無いでしょう?
だから私は彼を縛った。
ある時は人殺しの命令で
ある時はルビーの首飾りで
ある時は、小さな約束で。
ずっと私を愛してくれるように。
ずっと私を必要としてくれるように。
だけどそんなのは、所詮その場しのぎなのだ。
わかっている。
わかっているんだよ。
本当の私はこんなに汚くて。
弱くて脆くて狡くて嫌な子だから。
愛して貰うには
そういう自分を演じなくちゃ。
暗黒街のボスの私を。
父親が作り上げた『作品』を。
今までだってずっとそうしてきた。
これからだって、きっとそうしていく。
あの日、【蝶】に騙されたように。
【偽零蝶】に魅入られたように。
今度はその『虚飾』すらも受け入れて。
愛されたままで終われる日を待とう。
わたし、がんばるからね。
もうちょっとだけ、わがままにつきあっていてね。
すぐに、いいこのわたしになるから。
あなたのだいすきなわたしになるから。
だからおねがい。
うそでもいいから。
いつもどおりにわらってみせて。
いつものように。
わたしを、すきといって。
そんな事ばかりを願って
今日も私は嘘を吐く。
【その願い、頂きましょう】
【貴女の幸せと、引き換えに】
【さぁ私の言葉を聞きなさい】
【迷える子羊を導く、福音として】
……ああ、もう。
【私は蝶。偽りの蝶。貴女の世界を、騙してあげよう】
【さぁ、私の手を取りなさい】
煩いなぁ。
興味を持って下さった方は、本編にも来てくださると心の底から喜びます。