石橋の下の蛇の事
雲林院、という寺がある。京の紫野、春には桜が秋には紅葉が楽しめる地にある大きな寺院である。しかし、雲林院が深く愛され人口に膾炙するのはその風光明媚さだけが所以ではない。その菩提講も、桜花や紅葉と並んで有名であった。菩提とは極楽往生、死後に極楽浄土に化生することを指す。熱心に法華経を讚嘆することで極楽往生が果たされるとされ、そのための法会が菩提講と呼ばれた。
童女はこの菩提講に参加したい、雲林院を訪れたいと強く思っていたが、どうしてもその機会を得ることが出来なかった。今日もまた、西院の物売りの喧しい声を聞くともなしに聞き道行く人の忙しなさを見るともなしに見て一日が終わるはずであった。しかしなんとも奇妙な縁で、西院から念願の雲林院まで遠出することになったのである。それも、一人の女の後をひっそりと追いかけることによって。
話は西院の小さな石橋から始まる。石橋と言っても、細い溝に渡してある三歩もかからないもので、河原にある大きな石をそのまま転がしたような様子である。そのようなものであるから、一人の女がこれを踏み外してしまったのも無理はない。よろめいた拍子に覗いた足元や裾を持ち上げる手つきなど、童女から見ても
「美しい」
と素直に感嘆するような二十すぎほどの女であった。見たものの身体を軽くさせるような、そんな清らかさを漂わせている。
見惚れていた童女がふと気を戻すと、裏返しになった石橋のすぐ横で斑模様の小さな蛇がきりきりととぐろを巻いている。何かを探すようにちろちろと赤い舌を出し入れする様は、たとえ小さくても人に害なす蛇であると威嚇しているようで、なんとなく厭わしい。そして、その蛇はゆらゆらと揺れながら女の後をついていくのであった。
踏み外された石橋があたったことを恨みに思い、女に噛みつこうとしているのだろうか。童女は心配に思い、ついて行った。歩くうちに分かったことだが、道行く人の誰も蛇に気付かない。ただ童女だけに、蛇が見えている。そして蛇は一定の距離を保ちつつ、まるでお伴のように後をついていくばかりである。
蛇がどういうつもりなのか見届けよう、そして女に害なすようであれば防いでみせようと心に決めて、童女もまたつかず離れず歩いていく。
そして、紫野の雲林院までやってきたのである。
寺で女が板敷に座れば、蛇は横でとぐろを巻く。菩提講に来ている周囲の者は、それを見咎める様子もない。やはり不思議なことが起きているのだ、と童女はますます気を引き締めて蛇を見張る。しかし、童女の意気込みをよそに菩提講はつつがなく終わった。女と蛇はするすると出ていき、その背中を追って童女も山を下りた。女は家に帰る様子である。
果たして、一軒の家に女らは入った。陽が暮れかけている。昼は大人しくしていた蛇も夜になればどうなるか分からない。しかも余人の目がない家の中ならば、なおさらである。童女は家へ歩み寄って声をかけた。
「田舎から参りました者で、今夜泊るべきところもございません。どうか一晩、宿をお貸し願えませんでしょうか」
少し待つと女が出てきて、童女を家に招き入れた。心苦しさを感じつつも板敷の間に入ると、柱のところで蛇がとぐろを巻いている。それをただ、見張る。
見張りつつも、女と世間話などもした。「殿様におかれては」というようなことを話していたので、宮仕えをしているらしいことが知れた。
しかし、それにしては部屋の調度品などがみすぼらしい。女がいかに優美であっても、これでは男が訪れまいと、童女は女を労しく思った。
板敷の間に差し込む夕日は赤々として、斑模様の蛇などはちらつく光の中に隠れそうになる。徐々に暗くなっていく中で、童女は蛇が見えなくなることを恐れ
「このようにお泊めいただくかわりに、麻は御座いますでしょうか。紡ぎまして、差し上げたいと思います。ただ、その為に火をつけていただきたいのです」
と、女に頼むと
「ありがたいことです。さあ、どうぞ」
と、火をともして麻を手渡す。童女が麻を紡いでいるうちに女は寝てしまった。夜中過ぎまで女を見守っていたが、そのうち火が消えて何も見えなくなってしまったので童女も寝ることとした。
翌朝童女が起きると、女が
「夢を見ましたわ」
と言う。少女が尋ねると、女はこう答えた。
「私が寝ておりますと、枕元に人の気配がいたしました。見ると、腰から上は人で腰から下は蛇の麗しい女人がいらっしゃって、こう仰いました。
『わたくしは、人を妬み嫉むあまりにこうして蛇に身を変えられ、石橋の下で長く辛い年月をおくって参りました。ただやり切れないばかりの日々を過ごしておりましたところ、あなた様が石橋を踏み返して下さったことで重しがなくなり、自由を得ることが出来ました。
大変有り難く、いらっしゃる御所を調べて是非ともお礼をさせて頂こうと、後をついていくうちに菩提講をご一緒させていただけることとなりました。そこで有り難い御講説を受けたことで、過去の多くの罪が滅び、人に生まれ変われる功徳を積むことができたのでございます。
あなた様への感謝の思いはますます強くなり、こうして夢の中に参ったのです。この御恩に酬いるために、たくさんの品物をお納めして、よき殿方との御縁もお届けいたします』」
それを聞いた童女も、これまでのことを語り始めた。
「実はわたくしは、田舎から参った者ではなく、西院の者でございます。昨日、あなた様が石橋を踏み返されますと斑模様の小さな蛇が出てきて、お供をするように後をついていくのを拝見いたしました。お伝えしようとしましたが、おかしなことを申すと思われるのが不安で、申し上げることが出来ませんでした。けれどもどうなることかと気になりまして、そっと後をつけさせていただいたのです。
菩提講でも、確かにその蛇があなた様の隣におりましたが、周りの方々には見えない様子。ますます只ならぬことであり、あなた様の御身が心配でならず、こちらに泊めさせていただいた次第でございます。
昨晩は夜半過ぎまで、その柱の下に蛇がおりましたが、今朝明けてみますと、もう姿が見えません。そのことと合わせて、今のあなた様の夢のお話ではっきり分かりました。わたくしこそが、蛇に身を変えられた女だったのです」
そう言ってはらはらと涙をこぼす童女に対して、女は驚くやら戸惑うやらで
「なんということでしょう」
と繰り返すしか出来ない。
半人半蛇の女の話だけでも、驚くやらもったいないやらで、平静ではいられないというのに、目の前の童女がその女であったと知っては、とても言葉が出てこない。ただ、意味もなく
「まあ」
と繰り返すばかりであった。
童女がやっと心を落ち着けて語ることには
「わたくしが蛇に身を変えられ石橋の下に封じられてから日々が流れ、成仏への切望とそのために菩提講へ行きたくともそれが叶わぬ苦しさはますます募るばかりでした。その辛さにわたくしの魂は二つに裂け、片方は這い出でて童女の形をとりました。
さらに幾星霜を経て、蛇のわたくしはより一層のやりきれなさに身を苛まれ、童女のわたくしは石橋に縛られ亡羊とするうちに全てを忘れていったのでございます。
そんな折に、あなた様が石橋を踏み返して下さいました。そのうえ、御講説にまであずからせてくださったのです。お陰様で蛇としてのわたくしは念願を遂げ成仏することが出来ました。童女としてのわたくしも、今日ようやく昔のことを思いだすことが叶いました。どうか御恩返しとして、わたくしを御側に置いて下さいませ」
ということである。
世の中には何とも不思議なことがあるものだと女はただ驚いたが、童女の申し出を許し、以後は親しく付き合った。
その後、この女はたいそう裕福な身になり、この度はさる高貴な方に仕える富裕な下家司の妻となり何不自由なく暮らしているということである。
宇治拾遺物語「石橋の下の蛇の事」二次創作。
衣がだいぶ厚いカツレツ。