「本文:助けてくれ」
みんみんと鬱陶しくセミどもが鳴き叫ぶ、そんな朝。
今日から夏休みである。宿題のことを考えると憂鬱でしかないが、学校に行かないで済むのだと考えるだけで幸せだ。桜木さんのせいで減ってしまった数少ないハル以外の男友達とどこかで遊びにいく計画を立てている。俺は青春を謳歌するんだ。男しかいないけど。
「……ん?」
まだ時間があるから大丈夫だな、とベッドにぼすんと身体を沈ませた瞬間、ぴんぽーんと客の来訪を告げる音が鳴り響いた。
どうせ宅配便とかだろう。母さんに任せて寝よう。
そう思ってベッドでごろごろしていると、再びぴんぽーんと音がした。
「あー、母さんいないんだっけか……」
仕方ないな、と起き上がり、玄関に向かう。その途中でまたぴんぽーんとチャイムが鳴る。今時の宅配便はしつこいな。
三回目のチャイムに首を捻りながらもがちゃりとドアを開けると、そこには満面の笑みを湛えた俺の悩みの種、桜木さんがいた。
「こんにちは!」
突然の桜木さんにどう反応していいのかわからず、とりあえず開けたドアをぱたん、と閉めた。デジャヴを感じる。
……あれを認識したくない。
「え? ねえちょっと柊くん! 今、目が合ったよ!?」
合ってない合ってない。絶対に合ってない。合っていたとしてもそれはあなたの妄想だ。そうに決まっている。
どんどんと叩かれるドアを背に、どうしたものかと俺は座り込んで頭を抱えた。
落ち着け、まだ焦るような時間じゃない。だからとにかく落ち着け俺。
そう自分に言い聞かせて立ち上がる。向かった先は自分の部屋。何故彼女はこうも自分に構うのか。自分なんかのどこを好きになったのか。全くわからない。先ほどの彼女のハートの色を思い出しながら、また頭を抱えた。
(……とりあえず、あいつらに連絡するか)
机の上に置きっぱなしだった携帯を手に取り、メール作成を始める。件名を問題発生にして、本文に助けてくれとだけ打ち込み、送信した。数少ない友人たちはこの状況をどうにかしてくれるだろうか。
手の中で携帯がぶぶぶ、と震えた。
***
「かれこれもう一時間経っているわけですが」
『何、桜木さんってマジでお前のこと好きなんだ』
「非常に不本意だけどな」
『いやー、人の趣味ってわかんねーもんだな』
そう言って電話口の向こうで豪快に笑うのはいち早くメールに返信をくれた如月圭吾。こいつは部活一筋で女なんかどうでもいい、という部活に青春の全てをかける男なので今でも友達としてやっていけてる。俺と今でも友達として接してくれるのは本当に少なくて、二次元にしか興味ない奴、幼馴染みのハル、部活一筋の如月、俺と一緒で桜木さんがそんなに好きじゃない奴。数にすると十にも満たない。桜木さんに絡まれるようになるまではそれなりの数の友人がいたにも関わらず、だ。そういう意味でも俺は桜木さんを好きになれない。
『で、俺にどうしろっつーんだ?』
「助けろいや助けてください」
『家の前で待機してんだろ? 無理無理!』
あっけらかんと言ってのけた如月にがっくりと肩を落とす。畜生、やっぱり無理か。
このままでは俺は家から出ることができず、今日の遊ぶ約束をキャンセルする羽目になってしまう。そのことを伝えてみても、如月はまた日を改めて遊ぼうや、と笑って言った。ふざけんな。
『じゃあいつもみたいに無視すりゃいいんじゃねえの?』
「夏休みまで付き纏われたくない! しかも遊ぶ先にもついてくるんだぞ!?」
『俺ら全員が無視すりゃいい話じゃねえか』
「バカだろお前。俺たちは無視できても日向には無理だろ!」
日向は俺よりもずっと桜木さんのことが嫌いだ。あいつも彼女持ちで、その大事な彼女が桜木さん関連で泣かされたことがあるらしく、かなり嫌っている。機嫌の悪い日向の隣を歩きたくないというのと、あいつなら最悪手を出しかねないということでその案は却下された。誰が舌打ちを連発してる相手の隣を歩きたいんだよ。
俺は一応女子に優しくする男子なので手をあげたりはしない。それが例え気に食わない相手であってもだ。
『えー……。じゃあやっぱり日を改めるしかねーじゃん』
「お前らはそれでいいかもしれないけど俺の方はそれじゃ済まないんだよ! あの人の普段のストーカーっぷりを知ってるだろ!? 一日中だって家の前に立ってるに決まってる! このクソ暑い夏の日にだ!」
そんなことをされてしまえば俺に非難が集中する。それだけは避けたい。全力で。
だから協力してくれ、と頼み込むもめんどくさいの一言で一蹴される。友達甲斐のない奴め。
『晴樹を呼べばいいんじゃね?』
「ハルは今日からばーちゃん家行くんだと……。お盆だと混むからって」
『成程。じゃあ諦めろ!』
その言葉を最後にがちゃりと切れて、呆然としていると携帯に日時変更のお知らせメールが如月から一斉送信で届いた。あの野郎。
夜遅くまでネットをしていて今はまだ寝ているであろう山本に助けは期待できない。あいつはまず日時変更のメールを見て安心してまた眠りにつくに違いないからだ。日向には最初から期待してない。
つまり、自分でどうにかするしかないわけで。
「……また無視作戦を決行するしかない、か」
こうして朝っぱらから憂鬱すぎる夏休みのとある一日が始まったのだった。
ちまちま書き溜めていっているので一話の更新がとても遅いこの連載。
それでもお気に入り登録にいれてくださってる方々、ありがとうございます。
桜木さんの執念が恐ろしい今日この頃。