「視線で人は死ぬ」
うん、視界が黒い黒い。
それというのも、昨日桜木さんが「柊くんが好き」と公言してしまったせいである。故意だとしたら俺は絶対許さない。絶対にだ。
嫉妬は憎悪の感情に入るらしく、大体の男子のハートは真っ黒である。たまに女子。嫉妬の視線を俺に向けている男子に言いたい。羨ましいなら代わってくれと。
「…………」
授業中の今ですらその視線が途切れることはない。
この間の席替えで俺の斜め後ろになった桜木さんからの熱い視線、その他クラスメイトから送られる嫉妬の視線。一番前の席の俺はその全てを受け止めていた。
「じゃあここ、ちょっと読んでもらおうかな。柊くん」
「……六月になりぬ――――」
教科書を持って立ち、淡々と読み上げていく。その間も様々な感情の視線が途切れることはない。お前ら授業聞けよ。
「疲れた」
「五歳ぐらい老けて見えるよ、つー」
「ハルー……俺と立場代わってくれよ……」
「嫌だ」
割と真剣に言っているのにこの幼馴染はひどい。視線で人は死ぬって誰か言ってたんだぞ。俺あいつらに殺されちゃうかもしれないんだぞ。
なんてことを考えつつも、そこまで深刻にとっていないハルは笑顔でどうにかなるって、と気休めにもならないことを言ってきた。
「だからな、どうにかなるには俺は転校とかそういうことをするしかないわけで」
「大袈裟だなあ。と言いたいところだけど、あの人が転校しただけで避けられるのかどうか疑問だね」
「やめろよ笑えねえ。それに俺は今、あの人に絡まれるわけがないって考えてる体なんだよ」
つまり周りの人間の中で俺は「憧れの桜木さんが俺ごときに関わるはずがない」と卑屈になっているのだ。どんな奴だ。
しかしそのおかげで桜木さんを無視していてもどうにかなっている。今のところは。
問題なのは「憧れ」の部分である。
「ていうかさ、いっつもつーといるせいで僕とつーがデキてる説が流れてるらしいんだけど」
「マジでか。ひどい誤解だ」
「ホントにね。僕彼女いるのに」
「あー……。あ?」
「え? 言ってなかったっけ」
初耳だぞオイ。
俺の知らない間にハルに彼女ができていたとは。畜生、俺にも誰か桜木さん以外の女子を紹介してくれ頼む。
「柊くん!」
ああ、また来た。
昼休みはよく絡まれる。毎日毎日食べる場所を変えてはいるのだが、それでもどこからか嗅ぎつけてきて絡んでくる。
たいへん鬱陶しいので早くどこかに行って欲しい。
「ねえつー、次の英語の予習してないから教室に帰りたいんだけど」
「……そうだな、俺もしてないし帰るか」
「えっ、帰っちゃうの? やっと見つけたのに!」
待ってよー! と俺の制服の裾をつかもうとする彼女を不自然に見えないよう避ける。これがなかなか大変で、彼女が次にどう出るかわからないので反射神経を酷使することになる。
ちなみにハルも彼女は幻覚だと思っている設定だ。うまく話を合わせてくれるこいつはすごい。
「柊くんってば! ちょっと、話、聞いてよー!」
全く待つ気のない俺とハルは女子には辛いであろうペースで歩を進める。待ってたら幻覚だと思ってないことになるじゃないか。あれは幻覚だ幻覚。
「そういえばさー、最近ちょっと寝不足なんだよね」
「お前が? 珍しいな。勉強してるわけじゃないんだろ?」
「つー、失礼。……その通りなんだけども」
ついさっき英語の予習をしていないと言っておきながら勉強をしていたから寝不足なのだと言うと俺は怒るぞ。怒らないけど。どうでもいいけど。
「え、英語得意なの! 教えようか?」
後ろで誰かが何か言ってるけど気にしない気にしない。総スルーでおけ。
俺って基本的に女子に優しくがモットーなんだけど、彼女は別だ。あんだけ男侍らしといて「あなたが好きなんです」もクソもない。俺はもっと奥ゆかしい子が好きです。
「やだ、桜木さんってば無視されてるの?」
しまった、と思ったがどうやら違うようだ。ちらりと声のした方に視線を向けると、これまた気の強そうな女の子がいた。
ああ、桜木さんがモテるからそれをよく思っていない女子か。見るからに性格悪そうだ。猫被っているとはいえ桜木さんの方が世間一般的には好まれるだろう。
まあ俺には関係ないけど。ていうかあの子のハートくっろ。
「……つー?」
「…………桜木さんも敵意向けられる時あんだな」
「まあそりゃ人間だし。……そんなこと言ってたら幻覚じゃないってわかってるってバレるよ」
悪い。そう言って謝ったものの、後ろで繰り広げられる女子の戦いに興味を持って行かれそうになっている俺がいた。
女子怖いとか生々しい喧嘩を見たいとかそんなことは思っていない。ただちょっと桜木さんの化けの皮が剥がれるのが見たいなとかあの女子の黒い感情が桜木さんに向いてるんだ面白いとか思ってるだけだ。
……おや?