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「好きなんです!」

 柊翼ひいらぎつばさ、十七歳。漢字で書くと二文字で済むのに平仮名で書くと七文字もかかる。もうちょっとバランスを考えてほしかった。漢字って便利。

 それはさておき、俺は生まれつき“感情”が見える。読めるんじゃない、見えるんだ。

 目の前に人がいるとする。その人の頭の上辺りにハート型の何かがあって、そのハートの色で目の前の人物が自分に対してどんな感情を持っているかがわかる。無色なら無関心、黒なら憎悪、青なら嫌悪、黄色なら友愛、桃色なら恋慕、といった感じで。

 この力は他者に対する感情もわかる。はっきりとではないが、その人の視線の先にいる人物と頭上のハートの色を見れば大体。この視線の先にいるのが誰なのかを見るのが難しい。嫌いならずっと見ているわけがないから一瞬のことなのだ。

 それでも、これはなかなか便利な力である。自分のことを嫌っている人間がいれば近寄らなきゃいいだけだし、万が一自分のことを好きな子がいればその子を特別扱いすることもできる。俺から告白は絶対しない。女の子からしてほしいタイプだ。

 俺のことが好きな子を発見できたならばその時はちゃんと優しくして、気を持たせて。相手が俺を呼び出してくれる日を待とうじゃないか。とかそんなことを考えていたのに。


「あ、あの、柊くんのことが好きなんです! 付き合ってください!」


 俺は目の前の彼女の感情に気づかなかった。

 この子の名前は桜木琴子さくらぎことね。この学校で一番人気のある女子だ。真面目でおとなしめの性格で、スポーツ万能、頭脳明晰。夏休み明けの二学期から生徒会長を務めることが投票により決まっている。

 何故俺が彼女の自分に対する感情に気づかなかったのか。今確認すると確かに頭上のハートは桃色に染まっている。やめてくれ。

 ぶっちゃけてしまうと俺は彼女が嫌いなのだ。性格は上辺だけだし実態はただの男好き。心が読めたならよりはっきりとそれがわかっただろう。

 それに気づかない人間が……というか彼女の演技はほぼ完璧で、普通なら気づかない。普通なら。いつ見ても彼女の周りには人、特に男子がたくさんいて、とても賑やかだ。別にひがんでいるわけではない。同じクラスというだけで妬まれるから近寄りたくないのだ。だから今までの学校生活一年間、全力で関わりを避けてきたのだが。

 それがどうして今になってこんなことになっている。

 呼び出しに応じなければよかったのだが、なにせ手紙は匿名だったので来るまで誰なのかわからなかったのだ。彼女だと最初からわかっていれば俺はこれを無視してまっすぐ家に帰り、昨日買ったばかりのゲームの続きをしていたに違いない。



「…………」


 困った。どう返答しても俺は死ぬ。学校生活的に。

 成績は中の下、顔は普通、どこかの部活に在籍することなく家でパソコン触ってたりゲームしていたりするニート予備軍だ。

 そんな俺が彼女と付き合うとか、ない。絶対ない。

 かといって断っても死亡フラグしかたたない。俺が泣かせたとして女子からも男子からも嫌われて罵声を浴びせられる。俺が彼女のことを嫌っていることを知っている友人ならばそんなことはしないだろうけど。あいつもこの子のこと完璧すぎて好きじゃないとか言ってたし。

 さーてどうしよう、詰んだ。グッバイ俺の平和な学校生活。


「……あー、桜木さん?」

「えっと、返事は今じゃなくてもいいから! わたしいつまでも待ってるから!」


 待たないでくれ。待たせて期待膨らませた方が後々面倒だって、絶対。

 そう考えた俺は立ち去ろうとする彼女の腕を掴んで、ごめん、と一言呟いた。


「え……?」

「俺なんかよりもっといいヤツがいると思う。だから、ごめん」


 言った。俺は言ったぞ。よくやった自分。褒めてつかわす。

 そういうわけだから、と言って腕から手を離して視線を下に……。下げる時に、彼女のハートが桃色から一気に赤くなっていくのを見てしまった。

 え、赤? そんなの初めて見るんだけど。赤ってなんだよ。色的に怒りとかか……? フラレたことに対する怒りか? 俺如きがわたしをフッてんじゃないわよって? ごめんごめん。


「さ、桜木、さん?」

「そっかあ。ごめんねいきなり。でも、わたしにはあなたしかいないから! だから諦めないからね!」

「え」


 覚悟してて!

 そんな台詞を残してぱたぱたと走り去っていく彼女をただ呆然と見送ることしかできなかった。

 え、諦めないの? 怒ってるんじゃないの? 告白を断った俺を、怒ってるんじゃないの?

 ねえちょっと、桜木さんってば。諦めてよ。覚悟とかしないよ冗談じゃないよ。


「…………どうやら俺は選択肢を誤ったようだ」


 いっそのこと「あんたのこと嫌いだから」とでも言ってしまえばよかったのだろうか。いやいや、そんなこと言ったら彼女は泣いて、その理由を俺にフラレたからだと言うだろう。そうすれば俺は……。うう、想像するだに恐ろしい。

 できるだけ穏便に済ませようとしたのは間違いだったのか。今すごく泣きたい気分だ。

 結局あの赤色は何の感情を示すのか。

 明日からの学校生活が思いやられる。とりあえず明日は休んで家に引きこもりたい。早くクラス替えをしてくれ。


 そんなことを願った夏休みを目前に控えたある日の放課後。


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