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雪の旅人  作者: 和島
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終章

 雪が降り出した翌日、旅人がやってきました。

 外で出迎えた少女は、しばし旅人と向かい合ったまま固まってしまいます。

 お互いの表情が分からない距離でした。

 伝えたいことが山ほどあるはずなのに、少女は何も言えません。

 ゆっくり歩いてきた旅人は、やっぱり出会った頃のままです。


「元気そうで、良かった」


 少女は口を結んだまま、頭を振ります。

 元気じゃなかったと言い返したかったのです。

 目の前に立つ旅人を、少女は夢みるように見つめました。

 顔を近くでみた途端、大粒の涙がぼろぼろとあふれてきます。


「会いたかったです」


 一言、そう告白すると気持ちは抑えられません。


「お顔が見たかった。声が聞きたくて、お話だってしたかった。あなたに何か

あったのかと思って心配でした。どうして、あたしは待つことしかできないの

かって、悲しかったです」


 一年分の想いを、ようやく口から解放できました。

 少女の必死の告白を、旅人は表情を落として聞いています。

 

「あたし、あなたのことが」


「ごめん」


 少女の言葉を封じるように、旅人が声をかぶせました。

 旅人は少女に積もった雪を払い落とすと、その手を肩の近くで止めます。

 少女は凍ってしまったように動けません。


「ごめんね。本当にごめん」


 少女は三回も謝られてしまいました。

 止めたくとも涙が出てしまい、隠したくて顔を手で覆います。


「神様、お許し下さい」

 

 旅人はそうささやくと、少女の肩を寄せます。

 二人の影は一つになりました。


「どうしても、僕は君と一緒にいられないんだ。ごめんね。こんな辛い想いを

させたくなかったのに。僕のわがままに付き合わせてごめん」


 何度も何度も謝る旅人でした。

 少女は胸を痛めていましたが、それより旅人が心配になってきました。


「困らせてごめんなさい」


 精いっぱい、少女は大人になりました。


「僕も君が大好きだよ」


 少女は胸も顔も手足の先まで、ポカポカしてきました。

 雪が降っているのに、ほかほかです。


「でも一緒にいられない。本当はもう、来ないつもりだったんだよ」


 二人はお互いの顔が見えないまま、腕の力を込めました。


「僕は、人じゃないから」


 その告白に、少女はかつての噂を思い出します。


「もしかして、雪の精霊さん、なの?」

 

 おそるおそる少女が顔を上げ、二人は手を繋いだまま身体を離しました。


「ごめんね」


 ハッキリしない返事をして、旅人は今にも泣きそうに微笑みました。


「僕のことは忘れて、今日でさよならしよう。大好きだよ」


 とても非道い別れのあいさつだと少女は思いました。

 旅人は背中を向けます。

 その背中がぐんぐん小さくなって行きます。

 少女はこうして冬が過ぎて、また春が来て、夏と秋を迎えるのかと想像しま

した。あの背中を何度思い出すことになるのかと。

 少女は、足を一歩、二歩、三歩と前へ進ませました。

 走り出したのは何歩目だったか分かりません。

 旅人を追って、山へ入ります。

 山の中は大きな木がたくさん立っていて、昼間なのに暗く、静まりかえって

いました。

 少女は名前を呼びたくても、知らないことに今さら気付きます。

 旅人さん、旅人さんと呼ぶほかありません。

 しかし、旅人の声は応えてくれませんでした。

 少女は思いました。

 山には神様が住んでいます。

 神様がよく現われると言われる、巨大な木がありました。

 どうか助けて下さいと、祈りを込めてそこへ向かいます。

 着くと、突然と空がひらけて見えました。

 そして、巨木の根本に旅人がぽつんと立っています。

 

「山の神様、僕はとりかえしのつかないことをしました」


 少女は声をかけようとして、立ち止まります。

 見間違えでしょうか。

 旅人の身体が雪に解けるように透き通り始めます。


「もう一度あの子に会えるなら。どんな方法だって構わなかった」


 旅人はひざまずいて、巨木に祈りを捧げています。

 その足元から、どんどん消えて行きます。


「あの子の悲しみを和らげられるのならと。でも、僕の願いは身勝手でした。

二度もあの子を傷つけてしまいました。神様の、言う通りです。あの子には家

族もいて、友達もいて、たくさんの仲間がいるのだから。いつまでも立ち直れ

ないはずはなかった。救いが欲しかったのは、僕の方でした」


「ま、待って!」


 少女は叫びました。

 半分消えかけた旅人に手を伸ばしましたが、空気しかつかめません。

 つまづいて、少女は雪に顔をうずめます。


「ベルちゃん」


 名を呼ばれて、少女は目の覚める思いをします。

 顔を上げて、目に涙をいっぱい浮かべました。


「ありがとう。ありがとうね、旅人さん。ううん」


 少女はもう、気付いていました。

 旅人が人ではないことと、本当の正体に。


「ロキ。ロキでしょ?」


 旅人の姿はかき消えて、少女の前には犬が現われました。

 かつて、少女が飼っていた愛犬です。


「ベルちゃん、ごめん。だましてごめん」


 少女は犬の首を抱きしめます。

 やっぱり身体は透けていて、何の感触もありませんでした。


「森の神様にお願いしたんだ。ベルちゃんと離れたくないって。そしてら、雪

の精霊に生まれ変わらせてくれたんだよ」


 一年に一度だけでも、会いに行きたかった。


「嬉しいよ。嬉しい。あたしは傷ついてなんかないわ」


「優しいな、ベルちゃんは。もしも。もしも許されるなら今度こそ人間

に生まれ変わりたいよ。そしたら、また僕だって気付いてくれるかな」


 雪が止んでいました。

 犬の姿も無くなっています。

 少女の涙はぽろぽろと止みそうにありません。

 少女は犬がいた場所の雪をつかみました。


「大丈夫。あたし、待つのはすっかり得意になったもの」

 

  ◆◇◆◇◆◇


 山の神様はとかく気まぐれで、いくら祈ったって叶えてくれません。

 だけど、時々奇跡を起こしてくれます。

 だから、願わずにはいられないのです。


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